蔵出しインタビュー【加藤武】名キャラ!市川崑監督・金田一シリーズの「よし、わかった!」警部役誕生秘話!!

館理人
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市川崑監督版、金田一耕助映画の『犬神家の一族』は同じタイトルで2作あります。1976年版と、これを30年後にセルフリメイクした2006年版。

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76年版は大ヒット。この映画で誕生した加藤武扮する警部は、以降の市川崑版金田一シリーズに登場する名物キャラとなりました。毎度豪快に「よし、わかった!」とミスジャッジ、時に自前の粉薬にむせ、噴き出すズッコケキャラでコメディリリーフ。ちなみに役名は統一されていません。等々力だったり、橘だったり。

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蔵出しのインタビュー記事は、2006年版『犬神家の一族』公開時のもの。名物キャラの誕生秘話から、役者・加藤武の名バイプレーヤーたる演技論が見えてきます!

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プロフィール

加藤武・かとうたけし(1929年5月24日 – 2015年7月)

東京都生。1952年文学座に入団、映画デビューは53年、端役で出演した今井正監督の『にごりえ』。

黒澤明監督の常連俳優として『蜘蛛巣城』(57年)、『隠し砦の三悪人』(58年)、『悪い奴ほどよく眠る』(60年)、『用心棒』(61年)など多数出演。

『豚と軍艦』(58年)、『にっぽん昆虫記』(63年)など今村昌平監督作品、『仁義なき戦い』シリーズの打本役でも強い印象を残す。

市川崑監督の金田一シリーズでは6作すべて同じキャラの警部役を演じる。

『釣りバカ日誌』シリーズの秋山専務役でもおなじみ。

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インタビュー

「よし、わかった!」は毎回違う言い方で

ーー30年ぶりの『犬神家の一族』ですね。

加藤 最初、話を聞いて驚きましたよ。

ーーその撮影に入る前に、やはりリメイク版『日本沈没』(2006年)で石坂浩二さんとの競演シーンがありました。

加藤 洒落でキャスティングしたのかもしれないけど、我々は全然気づかなかった。だから石坂さんに「何だよ、まだ金田一いけるじゃない。やんなよ」って言ったらまんざらでもない顔してたね。その直後にリメイクの話があって。まさか俺も出るとは思ってなかったんだけど、でも金田一が出るなら、「よし、わかった!」がいないとねえ(笑)。

ーー製作会見のときに加藤さん、リメイクではなく“ニュー・メイク”だとおっしゃっていましたね。

加藤 なぜ“ニュー・メイク”かっていうと、キャスティングが変わるでしょ。そうなると新しくなるんだよ。舞台もダブルキャストってあるでしょ。やっぱりね、意識しちゃうよね、どうしても。「自分はちょっと違うようにしよう」ってことになる。そういうもんなんですよ。僕は“僕の味”でしかできないけど、今度の『犬神家の一族』はガラっと変わってるはず。監督もそれ、承知の上でやらせてるんじゃないですか。

ーーでは「よし、わかった!」のシーンも若干変わっている?

加藤 3回出てくるんだよ。監督には「1回1回同じにやっちゃつまんないよ」って言われて。ヒントは与えられました。ちょっとずつ変えるんですよ。今回の場合、シナリオも内容も同じなんだけど、ちょっとづつ違う撮り方をしてますよ。それを石坂さんはよく覚えてるんだ。「前回はこうだった、あんたはこうやった」って。だから助監督じゃなくて“小”監督って呼んでたんだ。人のセリフまで覚えてるんだもん。監督は今回、ニュアンスね、セリフの言い方に厳しかった。だいたい文学座って劇団は、セリフを大事にするところで、歴代の演出家に仕込まれたもんです。今回の市川監督にはそれと似た厳しさがありました。

粉薬噴き出しシーンの秘訣は「龍角散3、クリープ7」

ーー粉薬にむせちゃうパターンは?

加藤 のっけからやった。監督が考えてくれるんですよ。僕の久々の登場シーンはクスリを飲みながら。

ーークリープも使っているそうですね。

加藤 苦労したんです。龍角散だけでやったらね、ダメなんだ。キャメラに映んないの。で、粒子が細かくて何回もやってると口の中、スカスカになってくる。それで小道具さんも一所懸命考えてくれてクリープにした。ところがクリープだけだとダメなんだ。龍角散3、クリープ7、もう割合まで覚えてる(笑)。今回は小道具さんが変わってるからね、俺が覚えててその通り混ぜたら、うまくいった。のっけのシーンがそれだったからね、粉をはたきながらセリフを言いましたよ。

ーー1976年版で、屋根を降りるシーンの撮影以降、署長のキャラクターがどんどん変わっていったとか。

加藤 そう。最初は署長らしくやってたわけ。おっちょこちょいではなくて普通にね。屋根のとこ、雨降らしをしていて、あそこのシーンでコケたんだ。本当に滑ったんだけど、それで監督が閃いたみたいだね。これは三枚目にしたほうが面白いんじゃないかって。僕の推測ですけど。それから「よし、わかった!」になった。コメディリリーフですよね。で、その後のシリーズでは、刑事コロンボ式におっちょこちょい警部に仕立てたわけ。コートはよれよれ、背広もネクタイも毎度同じ。しまいには本当によれよれになっちゃった。

ーー「よし、わかった!」は監督が?

加藤 これはねえ、合作みたいなもんだな。「ん、そうかあ?」みたいなオーバーな芝居をしたら、それが「よし、わかった!」になってきた。全然わかっちゃないのにね(笑)。生々しい物語だから、ホっとする場面が欲しいでしょ。だからって自分からズッコケる必要はないんですよ。至極、大真面目に演じてて、ハタから見てて可笑しい。それでお客さんに優越感を持たせるわけです。「またやってるよ、バカだなあ」って。それなんですよ、僕の役目は。

『仁義なき戦い』の“打本昇”という名キャラ

ーーところで、『犬神家の一族』の前に出演された『仁義なき戦い』の第3、4作(1973〜74年)、“打本昇”というキャラもかなり可笑しかったですね。

加藤 ああいう役、僕自身が好きなんですよ。顔がごついでしょ。硬派に見られて強い役、悪役とか、えばってる役が多いんだけど、本来はズッコケるほう、コメディタッチのほうが好きなんだ。やっぱり、人間的だもんね、ただふんぞりかえってるよりも。あれねえ、よく言われるんです。あの時代を知らないような世代の人たちから「面白いですねえ」なんて。いつか、家のトイレを直しに来てもらったら、助手の茶髪の兄ちゃんが俺を見て、「あ、打本さん!」って。ビックリしたよ。ビデオで観て面白かったんだって。

ーーその茶髪の兄ちゃんが「あ、打本さん!」と声に出してしまった気持ち、よくわかります。それにしても、なぜ『犬神家の一族』まで市川監督と出会わなかったんでしょうね。黒澤組ってこともあったんでしょうけど。

加藤 そーねー。もっと早く出会いたかったね。黒澤さんの現場はくたびれるんだよね。修業道場に行ってるみたいなんだ(笑)。現場でもみんな何も言わないし。市川さんはね、冗談言ってほぐすんだよね。もう、天と地っていったらなんだけど、あまりにも違う。どっちがいい悪いじゃない。ただやるのは市川組のほうが楽だな。

ーー市川崑監督は金田一耕助のことを “神”“天使”といったメタファーで語っています。実は黒澤監督の『用心棒』(1963年)の主人公、桑畑三十郎のことも市川監督は、“天使的”だとおっしゃっているのですが。

加藤 面白い解釈ですね。市川監督と黒澤さんは親友だったからねえ。毎回、金田一の、天使の去らせ方が難しいんですよ。凄惨な事件のあと、一件落着、さあエンディングどうするって。今回も撮り方が大変だったみたい。前回とは変えてるからね。

監督として心底尊敬してるのは崑さん

ーー変わったといえば1976年版は橘警察署長。今回の名前は等々力警部。

加藤 名前なんてどうでもいいんだよ。俺も覚えてないんだ。「よし、わかった!」って言ってりゃいいんだ(笑)。

ーーそもそも刑事役というのは、黒澤さんの『天国と地獄』など多かったですよね?

加藤 わりと多かったですよ。『ダイヤル110番』(1957〜64年)。日本テレビで生放送のやつ、やってましたから。刑事かヤクザか。捕まえるほうか捕まるほうか、どっちかですよ。

ーー市川さんの『幸福』(1981年)でも刑事課長役でしたね。

加藤 すみません、記憶にございません。一作だけ、榎木孝明が“浅見光彦”をやったのは何だっけ?

ーー『天河伝説殺人事件』(1991年)ですね。加藤さんは仙波警部補。

加藤 石坂さんが兄貴の役かなんかで出てたね。あんな警部出てくる必要ないんだけど、市川監督に呼ばれたんだ。片岡鶴太郎が金田一のTVシリーズ(1990〜98年)では磯川警部。市川監督の『八つ墓村』(1996年)では轟警部。

ーー豊川悦司が金田一を。

加藤 そうそう。あれは雰囲気違ったね。いい悪いじゃなくて、豊川さんがどうっていうんじゃなくてね、あうんの呼吸っていうのかね。石坂さんのほうがね……まあ、やっぱり。1回だけとずっとやってるのとは違うからね。

ーー渋いところでは堀川弘通監督作品ですが、『世界詐欺物語』(1964年)の日本篇、浜美枝さんが主演の。

加藤 忘れちゃった。やっぱりシーン数が少ないのは忘れちゃう。崑さんのでは、(山口)百恵ちゃんの引退映画『古都』(1980年)に出ましたよ。歌舞伎好きだから、亡くなられた實川延若さんと、控室で歌舞伎の話をずいぶん聞かせてもらったからよく覚えてる。

ーー加藤さんにとって、市川監督とはどのような存在ですか?

加藤 今ね、僕が“監督”として心底尊敬してるのは崑さんしかいない。市川さんはね、ちゃんと怒ってくれるんですよ。黒澤さんみたいには怒らないけど。できるまで何回もやらせる。自分の思ってる型に入るまでね。この歳になっちゃうと、みんな適当に奉っちゃうんだ、何だか分かんないけどね。市川さんは、「よっ、名優、何でもやってください」なんて言うんですよ。で、「それだけですか? それが名優なの?」って。伏線を張ってからかうんです。僕以外にはやらないですけどね。これからもっとニュー・メイクをやりゃあいいんだ。俺もまだまだ、体力あるから。また髪を染めて、「よし、わかった!」てね(笑)。

(取材・文 轟夕起夫)

轟

映画秘宝2007年1月号掲載記事を改訂!