追悼・数々の名演を遺した役者【加藤武】善人悪人変人どんな役柄でも観客の目を奪う名バイプレーヤー

館理人
館理人

こちら、俳優・加藤武の追悼記事となります。

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筋金入りの演劇人、映画では『仁義なき戦い』シリーズほか名演多数

 加藤武さんのもとには2度、取材で伺った。1回目は2006年、『犬神家の一族』が市川崑監督の手でセルフリメイクされたとき。

 2回目は2013年、それまでビデオにもなっていなかったレアな助演作『競輪上人行状記』と『喜劇・いじわる大障害』がDVD発売されるタイミングで。どちらも場所は加藤さんのホームグラウンド、代表を務めていらした文学座だった。

 快活にして豪快。グルーヴィーでゴキゲンな加藤さんの“語り芸”をナマで堪能させてもらった。あの江戸前の歯切れのよい口跡! 最後のお仕事は、亡くなられる9日前、7月22日に収録、8月9日に放送されたTBSラジオ『永六輔の誰かとどこかで 2015年 夏場所』のゲスト。ここでも「聴けばすぐに顔が浮かぶ」あのパワフルボイスは変わらずに漲っていた……のだが。

 そういえば、盟友の小沢昭一さんが亡くなられ(=12年)、主演映画『競輪上人行状記』と『大当り百発百中』が新文芸坐(※映画館)で上映された際、加藤さんは追悼トークショーをやられたのだが、その押し出しの強い大きな声は、超満員で外の廊下に溢れていたお客さんにまで届いたという。さすが!

 『競輪上人行状記』では悪意はないものの、結果的に小沢さん扮する僧侶を“競輪地獄”へと引きずり込む、インチキ葬儀屋役で短い出番ながら確かな印象を残した。いや、そもそも小沢さんと同じくどんな役柄であろうと観客の目を奪う名バイプレーヤーで、善人悪人変人なんでもござれ。プライベートでも遊び仲間だった川島雄三、今村昌平、浦山桐郎の師弟ラインはむろんのこと、他にも黒澤明、中平康、山本薩夫、市川崑など錚々たる監督に愛された。

 筋金入りの演劇人でもあって、昨年、葛飾北斎を演じた(そして、最後の舞台となってしまった)『夏の盛りの蝉のように』では第49回紀伊國屋演劇賞個人賞、第22回読売演劇大賞優秀男優賞に。ひるがえって、映画の代表作は何だろう?

 黒澤の『悪い奴ほどよく眠る』か、中平の『月曜日のユカ』か、はたまた崑さんの『金田一耕助』シリーズ……

 意見はいろいろ分かれるだろうが、これだけは一致するはず。深作欣二監督と組み、打本組組長・打本昇役で大いに笑わせた『仁義なき戦い』シリーズの2作。

 『代理戦争』では停電騒ぎの中で目一杯虚勢を張り、『頂上作戦』では「あんたそれでも極道か? それとも何か、この辺のタクシー屋のおっちゃんか」「喧嘩相手に金貸すバカがどこにおる、このボケ!」とドヤされ、目糞鼻糞の山守組長(金子信雄)にまで「くされ外道」「あがな馬鹿」呼ばわりされた最高のヘタレキャラ。インタビューでこの打本の話をするとき、2度とも加藤さんは心底楽しそうであった。

 1976年に出した初めての著作「昭和悪友伝」には、今村昌平監督が“俳優・加藤武のこと”という文章を寄せており、実家に遊びに行くと「タケシなんてまるで気が小さくてダメダメ」とよく母親に言われていた、との証言が。

 あとがきには自らも、「ほらね、顔に似合わず、私っていうのはこの通り気が小さいときてるんだ。我ながらつくづく嫌になっちまう……」と書きつけていた加藤さん。豪放磊落に見えて、とっても繊細な人だったに違いない。それは数々の名演を通してもわかる。きっと今頃は、たくさんの“悪友たち”に囲まれ、尽きせぬ宴を開いていることだろう。

(轟夕起夫)

轟

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