泣ける時代劇『たそがれ清兵衛』の面白さはここ!レビュー&主演・真田広之インタビュー記事復刻

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館理人
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主演の真田広之さんの当時のインタビュー記事&復刻映画レビュー、あわせてどうぞ!

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『たそがれ清兵衛』ストーリー

 主人公は妻を亡くした下級武士・井口清兵衛(真田広之)。まだ幼い娘、萱野(伊藤未希)と以登(橋口恵莉奈)、それに年老いた母親(草村礼子)と共に、清貧に暮らす彼を同僚たちは「たそがれ清兵衛」と呼んでいた。ある日、そんな清兵衛の前に幼なじみの朋江 (宮沢りえ)が現れる。離縁した夫(吹越満)につきまとわれ苦しむ彼女のため清兵衛は決闘に挑み、相手を軽々と退けるのだった。やがて彼に藩きっての剣の使い手・余吾善右衛門(田中泯)を討てとの藩命がくだる…。監督は山田洋次。

館理人
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まずはレビューを!

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『たそがれ清兵衛』レビュー

(文・轟夕起夫)

 傑作を観た。人気作家・藤沢周平の3つの短編を巧みに組み合わせ、幕末の下級武士の生きざまを綴った『たそがれ清兵衛』。山田洋次監督の手による本格時代劇だ。

 主演は真田広之。扮しているのは「たそがれ清兵衛」と呼ばれている男。本名を井口清兵衛といい、藩の末端に属する平侍。まあ今でいえば、小役人や平社員ってとこ。

 妻に先立たれ、老母と幼い娘ふたりを養うため「たそがれ」どきに下城の太鼓が鳴ると即座に帰宅、細々と内職に精を出す。ゆえに同僚に「たそがれ清兵衛」などと揶揄されているのだけれども、この主人公、ボロは着てても何とも魅力的なヤツなのだ!

 黒澤明の『椿三十郎』との不思議な因縁

 ところで山田監督が、晩年の黒澤明と深い交流を結んでいたのは有名な話だが、氏に「時代劇を撮りなさい」と奨められられながらも構想10年。ついにそれが実現したわけである。

 1年をかけ、江戸末期の市井の日常を再現。その抒情と哀感。刀の殺気と権力社会の冷酷さ。ただ舞台は幕末でも、現代の皮膚感覚が息づいている。つまり、リアルな「時代性」を写しだす鏡のような「時代」劇なのである。

 驚くべきは、『男はつらいよ』『学校』シリーズなどとはまったくテイストの違う山田監督の演出。とりわけクライマックスの殺陣は白眉だ。

 藩命で清兵衛は、スゴ腕の武士・善右衛門と対決せざるを得なくなる。善右衛門を演じるのは世界的な舞踊家の田中泯。この斬新なキャスティングもあってこれは、屈指の名場面となった。たとえば黒澤明は『椿三十郎』のラストを「これからの二人の決闘はとても筆では書けない」とシナリオに記した。

 正確には「長く恐ろしい間があって、勝負は刀がギラッと一べん光っただけで決まる」と続くのだが、本作はまた別の、スリリングなセッションのごとき死闘。

 善右衛門は清兵衛に云う。
「見逃してくれッ」

 お互い、立場は違えど報われぬ奉公人生。ポツリポツリと言葉を交わすうちに、次第に気を許しあう……のだが!

 清兵衛の或る一言で善右衛門の目がギラッと光る。そこから始まる凄絶な果たし合い。

「これからの二人の決闘はとても筆では書けない」

『椿三十郎』に倣ってこう記しておこう。

轟

以上、2002年11月18日号雑誌掲載記事より!

館理人
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さて。映画は公開後、高い評価を受けました。公開から半年後、主演の真田広之さんにインタビューした時のものが次の記事となります!

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復刻!主演・真田広之インタビュー記事

(取材・文 轟夕起夫)

 それはこの作品に相応しく、慎ましくも生命力にあふれたヒットの仕方だった。次第に客足を伸ばし、静かなブームを起こして、日本の各映画賞を総ナメにした『たそがれ清兵衛』。

 主演の真田広之さんは、約半年前の映画公開日のことをこう振りかえる。

理想の形でヒット

真田 公開初日の舞台挨拶、ロスから帰ってきて参加したんですが、すぐに引き返さなきゃならなかったんですよねえ。すでに映画『ラスト サムライ』の撮影に入っていたもので。お客様と劇場で一緒に観ることができず、残念な思いをしたのをよく覚えています。

それからしばらくして『ラスト サムライ』の現場に、「尻上がりに興行成績が伸びているとの報が入り、“ロングラン決定”と聞いた時にはもう感激しましたね。山田洋次監督を筆頭に、スタッフ、キャスト全員でクオリティーを追求した結果、口コミでたくさんのお客様へと広がっていった。そういう理想的な形でヒットしてくれたのが嬉しかったんです。

 そのヒットの背景は、真田さんも言うように、「泣ける映画」としての伝染力だけではなかった。

真田 もちろん僕も、撮影中から感涙してしまうシーンは多々ありましたけどね(笑)。予想以上に年配の方々のツボに入ったみたいで。さらに若い観客も足を運んでくれた。清兵衛という男は、自分にふりかかってくる厄介ごとを、決して悲観的にはとらえず、どんな境遇でもポジティブに昇華して、身の丈にあった幸せを見つけていこうとする人間なんです。彼の潔ぎよい生き方に魅力を感じ、皆さんが憧れた部分もあると思う。

で、山田監督の演出の、絶妙なサジ加減っていうんですかね。アクションも笑いも泣きも押し引きのバランスが素晴らしい。それで老若男女に支持して頂けたのでは…。

 ところで『ラスト サムライ』は2004年正月に日米同時公開の話題作。真田さんは主役のトム・クルーズに剣の道を教える武術の達人を演じている。ハリウッドでの撮影は日本とはまったく違った環境ながら、映画作り自体は『たそがれ清兵衛』の延長線上にあったとか。

『ラスト・サムライ』のスタッフも注目

真田 とにかく時代劇のリアリズムを徹底しようとしたのが『たそがれ清兵衛』だったのですが『ラスト サムライ』のスタッフも、日本の時代劇を幅広く研究してまして、客観的に最近の風潮に対しては疑問を抱いていた。だからカツラを使わず、髪を剃って地毛で結い、衣裳もしっかりエイジングをかけて汚しを入れてました。『たそがれ清兵衛』が目指したことを、ハリウッドのアカデミー賞クラスのスタッフがやっていましたね。日本人が観てもオカシクないものを作りたい、という意気込みを感じました。

一方では世界マーケットを意識した部分も当然あって、その接点を見出そうとする姿勢がすごい。リアリズムとエンターテインメントの折り合いをどうつけるか、そこが垣間見えて、改めて勉強になりました。

 そういえば『たそがれ清兵衛』での屈指の名場面、国際的な舞踊家・田中泯さんとの対決シーンに関して、かつて真田さんはこんな風に語っていた。

真田 剣を志している人が見ても納得してもらえるような殺陣と、エンターテインメントとしての迫力の出し方の擦り合せを慎重にやりました。一手ずつウソを消して、皆でアイデアを出しあって、全員納得のもとに進め、それを稽古する。でも本番では何が起こるかわからないライヴなんですよ。ライヴの緊張感をそのまま殺しあいのそれにオーバーラップさせようというアプローチだったんですね。

『ラスト サムライ』の監督は、『グローリー』『戦火の勇気』のエドワード・ズウィック。日本アカデミー賞の受賞式のとき、ズウィック監督やスタッフたちは真田さんを祝福、その模様はテレビでも中継された。

真田 僕が出ていることもあって『たそがれ清兵衛』には興味を抱いてましたね。それから、日本で賞を獲った時代劇のレベルもチェックしたかったらしくズウィック監督はじめ皆さん、ビデオで観てくれました。衣裳や小道具のこだわり、シンプルな物語なのにドラマチックへともっていく構築の仕方など、具体的に各パートからの感想をいただけて、なかなか気に入ってもらえたみたいですね。

 もちろん、その中にはトム・クルーズも入っているのだろうが、とりわけ共演者のひとり、俳優としては『ゴースト ニューヨークの幻』『シックス・デイ』などで知られ、『恋する遺伝子』の監督も手がけているトニー・ゴールドウィンについては、

真田 アメリカでも絶対に公開すべきだと。もしくはリメイクしてみたい、なんて言ってましたよ。

『たそがれ清兵衛』がベルリン国際映画祭に正式出品され絶賛されたときは『トワイライト・サムライ』というタイトルだった。トワイライトとは、ずばり「薄明かり、薄暗がり、たそがれどき」のこと。トワイライトの光を浴びた真田さん、日本が誇る“黄昏たそがれの叙情”は、世界へと通ずる。

轟

雑誌「スカイパーフェクTV!」2003年7月号掲載記事より!

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