蔵出しインタビュー/性格俳優【川地民夫】〜日本映画はこの人のおかげで面白くなった!

館理人
館理人

2018年に亡くなった川地民夫さん。2005年のインタビューでは、これまでの出演映画についても語っています。

俳優・川地民夫とは?どんな俳優?がわかるインタビュー記事、蔵出しです!

川地民夫・プロフィール

かわち・たみお(1938年7月21日〜2018年2月10日)
神奈川県出身。昭和32年、大学在学中に逗子で石原裕次郎と家が隣だった縁から、自分の弟役にと石原氏にスカウトされ、映画界入り。デビュー作『陽のあたる坂道』以降、日活映画に次々と出演。
出演作に『狂熱の季節』(1960年)、『憎いあンちくしょう』(1962年)、『河内カルメン』(1966年)、『野獣を消せ』(1969年)、『まむしの兄弟』シリーズ(1971〜75年)、『仁義なき戦い』(1973年)、『大日本帝国』(1982年)、『民暴の帝王』(1993年)など。

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川地民夫・インタビュー

変幻自在、さまざまなキャラクターに成りきってしまう、まさに性格俳優。大学1年のときに「逗子の悪ガキがそのまま映画の世界に入ってしまった」(太田出版「動かない手でVサイン」)そうだが、日本映画はこの人のおかげでどれだけ面白くなったことだろう。

ーー先月(2005年)、ディナーショーで石原裕次郎さんのヒット曲を唄われたそうですね。

リアル太陽族

「頼まれたからやっちゃった(笑)。歌はあんまり好きじゃなくてね……でも歌手はいいよな。 俳優なんて、いくら映画がヒットしてもそれで終わりだよ。歌手はヒット曲が唄えれば、どこでも温かく迎えてもらえる。役者の場合、昔の台詞を言えたって、なんにもならない(笑)」

ーーいやいや、できることなら『河内カルメン』(1966年)のキザな台詞とか生で聞きたいです。それはともかく、川地さんは、地元の遊び仲間で先輩の裕次郎さんの紹介で日活入りされたわけで、つまりはリアル太陽族、だったんですね。

館理人
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太陽族とは、石原慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』(1955年)と、これを原作にした同タイトルの石原裕次郎出演映画に由来する、戦後派の奔放な考え方と行動をする若者たちを指す言葉。

「う〜ん、たしかにそう呼ばれたけど、だからってメディアに紹介されたように流行の先端を行っていたかというとちょっと違うんだよね。だいたい流行なんて関係なく遊んでいただけだし。たまたま逗子で育って、横須賀に米軍基地があって、まわりに外人も多くて、そんな影響で格好なんかもちょっとハデだっただけ。ヨットに乗るんだから短髪も当たり前だった。

ひとつ、これは苦言なんだが、現代の若者と俺らのときとの違いは清潔感の有無だね。俺らはいつも身ぎれいにしてたもん。韓国の俳優がいま、人気あるの分かるよ。カッコイイし清潔感がある。日本の人気俳優を見てごらん。どんな格好しててもいいんだけど、スターなんだから輝いてなきゃいけないのに、輝いてはいない。日活にもいろんな俳優がいたけど、みんなそれぞれに個性があり、なおかつ清潔感もあって輝いてたよ」

館理人
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このインタビューは2005年に行われましたので、語られているのは当時の状況についてですヨ。

ヤクザ役

ーー『修羅の門』(2005年)では、その日活にも所属されていた岡崎二朗さんとの共演シーンがありましたね。

「会うとホッとするよ。二朗や、同じような年代の小林勝彦さんとか、かつての撮影所を知っている役者と一緒になるとすごく安心する」

ーー川地さんは『修羅の門』では親分役ですが、ヤクザ役はそんなに多くはないですよね。日活、東映以降だと『チ・ン・ピ・ラ』(1984年)とか印象深かったですけど。

「悲しいかな、ヤクザ役で印象に残っているものは1本もないね。というのはさ、ヤクザ役って、ひとつの型みたいになっちゃうじゃない。だから役作りで苦しんだってことないんだよね。ヤクザはヤクザ。職業じゃないし、決まった格好もない。極論を言えば、なろうと思えば誰でもヤクザになれちゃうんだから」

ーーそういえば、深作欣二監督の『仁義なき戦い』(1973年)にも、広能昌三(菅原文太)を狙い、若杉(梅宮辰夫)に殺される神原清一役で出演されていましたね。

「作さん(深作欣二)が描いたあれが本当のヤクザ像だと思うな。それで役者の個性がひとりひとり、出てた。ノブさん(金子信雄)がやった山守組長、あのモデルなんて実際はまるで違う人だからね」

ーー『修羅の門』の親分役は王道というか、そんなに作りこむ必要はなかったのでは。

「そう。親分が主役なわけじゃないからね。言うなればスタンダードな親分がいて、主役、準主役たちのキャラクターが引き立つ。それでいいんじゃないかって」

ーーなるほど。そもそも川地さんには、ヤクザ的な資質ってなさそうですし。

「いや、俺がもしヤクザになっていたら、昔気質のいい男、いい侠客になっていたと思うよ。男のモットーとは口が堅いこと。それが出来なかったら俺は、男として認めない。逆にそれが出来りゃ何にでもなれるんだ。たとえば、人に他言しちゃいけないことってあるじゃない。だったら口が裂けても黙っている。それが男だよね」

石原興監督、蔵原惟繕、鈴木清順……

ーー今回出演された『修羅の門』の石原興監督は、松竹京都の名カメラマンとして鳴らしたベテランですね。

「さすが、しっかり撮られますね。こう言うとなんだけど、ほとんどストーリー的にはパターンのものを画で見せるのか、芝居で見せるのか、いろいろと趣向を凝らしていらっしゃる。そういうのが分かりますよ。映画ってえのは、粘ればいいってもんじゃないが、やっぱり役者のいいところを引き出してくれるのが監督の力。いまは、予算も時間も十分に与えられないから監督は大変だと思う」

ーー日活時代、川地さんとよく組まれた蔵原惟繕監督や鈴木清順さんら、鬼才の粘りといったら、並大抵の粘りではなかった?

「うん。半端じゃなかったからね、あの二人は(笑)。納得いくまで撮っていた。昔を回顧するのはイヤだけど、お二人の監督作品は機会があったらぜひ観てもらいたいね。全然古びていないから」

エキセントリックな役柄

ーーそうですね。また川地さんの役柄がエキセントリックで。清順監督の『野獣の青春』(1963年)なんか強烈でした!

「ホモセクシャルなんだけど決してホモではないんだよな。マザコンっていうのか、そこらへん、オカマになっちゃってもいけないし。穏やかな優しい口調の中にも時折凄みをのぞかせたりしてね」

ーー逆上すると、隠し持っていたカミソリで相手の顔を斬りつけるんですよね。

「コンプレックスの塊みたいなキャラクターだったね。ああいう役って演じるのは面白いんだけど、現場でテンションを保っていくのが大変なんだよ。自分の中にはないものだから。ラストの、母親役の渡辺美佐子さんの顔をスーッと斬っていく俺のアップ、映倫の手でカットされたんだ。無表情だけど陰惨すぎるって」

コスチューム

ーー毎回、特異な役柄に関しては、清順監督から何か指示はあったんですか?

「な〜んにも言われないです。だから自分で作っていくより仕方なかったんだ」

ーーじゃあ『花と怒濤』(1964年)の、有名な殺し屋のコスチュームなんかも?

「ちょっと凝りすぎたかな (笑)。大正時代なのに黄金バットみたいなカッコしてな。でも、あれは極端だったんだけど、当時の侠客っていうのは粋だったんだよね。それで着流しにマントにマスクどうせなら帽子もカブってしまえって(笑)」

ーーひとりの兵士と娼婦の恋情を描いた『春婦傅』(1965年)も素晴らしかったです!

「反戦映画の傑作だね。公開当時、日活はアクション中心で、あまり話題にならなかったけど、これは好きな一本ですよ。原作がもともと『春婦傳で、先にそれを映画化したのが東宝の『暁の脱走』(1950年)。清順監督のは、ワザと白く飛ばした画面が効果的だったね」

ーー一方、蔵原監督でいえば、『狂熱の季節』(1960年)や『黒い太陽』(1964年)のアナーキーな青年像が鮮明です。

多彩な役柄

「いま観ても 新鮮な感じがすると思うよ。蔵原監督は役柄について説明しようとはするんだけど、口下手なんだ。やっぱり感覚で演出されるのね。『狂熱の季節』で言われたのは、広い砂漠があって、太陽がぎらぎら輝いていて、その中に一匹の飢えた雄ライオンが太陽に向かって吼え叫んでいるんだ、って。誰がそんな光景見たことあるんだって(笑)。ま、言わんとしていた詩的な世界は分かんないことはないんだけどさ」

ーー蔵原監督は川地さんに、ご自分を仮託したされていたんじゃないですか?

「どうだったのかな。こう言えばアイツなら分かってくれるんだろう、とは思っていたかもね。分かんなくても感覚で応えていただけなんだけど。それでも蔵原さんや清順さんには何かあれば川地、頼む、って呼ばれた。お二人とたくさん仕事できたのは、幸せなことでしたね」

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川地民夫・出演作ピックアップ紹介!

蔵原監督の一連の日活ヌーヴェルヴァーグ作品で、繊細だがビートでアナーキーな、「大人は判かってくれない」的若者像を確立しましたが、そのほかでもさまざまなキャラクターに扮する俳優・川地民夫が堪能できます。そんな映画をピックアップ!

館理人
館理人

現在(2020年7月)、DVDでも動画配信でも、ちょっと探すのが難しいタイトルも含まれていますがご容赦ください!

『野獣の青春』

1963年 監督:鈴木清順 出演:宍戸錠、渡辺美佐子、川地民夫、香月美奈子、ほか

清順監督との出会いは、やはり日活ヌーヴェルヴァーグの1本『すべてが狂ってる』(1960年)。『野獣の青春』では“スダレの秀(ひで)”と呼ばれる役で、ある侮蔑語を耳にするとその異常性が……宍戸錠主演のハードボイルド活劇にてビザールな存在感を存分に発揮!

『東京流れ者』

1966年 監督:鈴木清順 出演:渡哲也、松原智恵子、浜川智子、吉田毅他、ほか

問答無用、カラフルポップでアバンギャルドなカルト歌謡アクション。“不死鳥の哲”こと本堂哲也(渡哲也)の命を狙ってつけまわす、神出鬼没の“マムシの辰”というほとんどギャグに近い怪キャラクター。しかし川地さんが演じると、哀愁を帯びた忘れ難い仇役に。

『懲役太郎 まむしの兄弟』

1971年 監督:中島貞夫 出演:菅原文太、川地民夫、佐藤友美、安藤昇、ほか

日活から東映へ。1971〜75年の間に全8本作られた人気シリーズ。ゴロ政こと政太郎(菅原文太)とともに、ムショとシャバを往復する勝次を好演! この1作目はまだ渋い仕上がりだが、以降、“地”は3枚目だというダボシャツ姿の川地さんのアナザーサイドが楽しめる。

『太陽は狂ってる』

1961年 監督:舛田利雄 出演:浜田光夫、川地民夫、吉永小百合、葵真木子、ほか

浜田光夫と吉永小百合の純情コンビに、それまでとは一味違う“狂熱の季節”を体験させた川地さんのチンピラ役、最高! ヌーヴェルヴァーグしちゃってる舛田利雄の演出、姫田真佐久の手持ちカメラも光る。3人の魅力が映画のそれも3乗させた青春トライアングルものの傑作。

『春婦傳』

1965年 監督:鈴木清順 出演:川地民夫、野川由美子、玉川伊佐男、ほか

原作は『肉体の門』で知られる田村泰次郎の代表作。第二次大戦中の中国、北支線戦を舞台に、従軍慰安婦であるヒロイン(野川由美子)と激しい恋に落ちる一兵卒。描写は夢幻的だが、戦争体験者・清順のリアリスティックなパッションに満ちた作品。全国民必見!

『野獣を消せ』

1969年 監督:長谷部安春 出演:渡哲也、藤竜也、川地民夫、藤本三重子、ほか

日活ニューアクションの代表作。マンソン・ファミリーのようなヒッピーグループに妹を陵辱され失った主人公(渡哲也)。その悪いヤツラ──演じるは藤竜也、尾藤イサオ(彼が担当した主題歌「ワイルド・クライ」は絶叫ファンクの名曲)らの中、ひときわ募然で不気味な男として登場。

『修羅の門』

2005年 監督:石原興 原作:村上和感 出演:小沢仁志、白竜、石橋保、川地民夫、岡崎二朗、ほか

任侠劇画の第一人者・村上和彦の映像化100本記念作。大政組若頭補佐・尾形敬三(白竜)は舎弟・村田龍治(小沢仁志)と帰宅中、義道会の刺客に襲撃され死亡。尾形の死を目の当たりにした村田は5人の刺客を切り捨てるが、大政組と義道会は一触即発の状態となる。対立組織の抗争が巻き起こる中、義を何よりも重んずる極道・村田の侠気を描く。大政組組長役で川地さん、余裕の演技。監督の石原興は「必殺」シリーズの元カメラマンでもある職人気質の人だ。

轟

ビデオボーイ2005年5月号掲載記事を改訂!