シネマ歌舞伎とは、映画館で歌舞伎が観られる映像シリーズ。
歌舞伎の舞台公演をHD高性能カメラで撮影しスクリーンで上映する映像作品です。これまでに30作以上の作品を公開。再上映されたり、DVDなどでも楽しむことができます。
「美」と「臨場感」に徹底的にこだわり、劇場で生の歌舞伎を観ているかのような感覚を再現することを目指し、2005年に第1作『野田版 鼠小僧』が公開されました。
この作品群の中に、中村勘三郎さんの歌舞伎の舞台を山田洋次監督が映像にしたものが2本あります。『人情噺文七元結』と『連獅子』。
そのうちの『人情噺文七元結』について面白さを紹介した記事を復刻です!
なお、中村勘三郎さんがこの映画に挑んだ経緯、思いを語ったインタビューはこちらにあります!
作品データ
『《シネマ歌舞伎》人情噺文七元結にんじょうばなしぶんしちもっとい』
監督:山田洋次 出演:中村勘三郎、中村扇雀、ほか
「(吉原に身を売る決意をした)娘のためにも、心根を入れ替えて仕事に精を出すように」と諭され、貸し与えられた50両。長兵衛、決断の時! 明治時代、勘三郎の曾祖父にあたる五代目尾上菊五郎が初めて、歌舞伎の舞台に載せた作品でもある。女房お兼に中村扇雀、文七に中村勘太郎。
レビューをどうぞ!
歌舞伎と落語と映画の化学反応
(取材・文 轟夕起夫)
これは、究極の選択の物語──。
川に身を投げようとしている若い男がいる。名を文七という。そこに通りかかったのは、長兵衛。聞けば文七は「集金した50両をどこかに紛失してしまい、申し訳なく、死んでお詫びするしかない」と泣く。
長兵衛の懐には今、50両ある。しかしその金は大切な、ワケありの金だ。本当に、本当に大切な金だ。さあドーする。ドーする長兵衛?
..…もうやめとこ。こんなものではないのだ! 作品の展開、語り口の素晴らしさは! 続きはどうかシネマ歌舞伎『人情噺文七元結』でお楽しみあれ。
もとは三遊亭円朝が口演した落語『文七元結』。歴代の大真打、古今亭志ん生、三遊亭円生などの名人芸でも親しまれてきた。むろん歌舞伎にも落語にも造詣の深い山田洋次監督。演出前に、志ん生や円生の音源、速記本で研究を重ね、従来の歌舞伎台本に磨きをかけた山田版『文七元結』を完成させて、カメラを回した。
それにガッチリと真正面から応えた中村勘三郎。長兵衛はいい腕を持った職人だが大の博打好き。そして江戸前の情に厚い男。『男はつらいよ』シリーズの車寅次郎の趣もある。
アップで捉えられた勘三郎の目ヂカラ。カットで割られた所作。江戸弁の口跡の素晴らしさ。
落語のエッセンスに「シネマ×歌舞伎」が合わさり、化学反応が起こっている。
シネマ歌舞伎の特徴である「美」と「臨場感」。これは新しいメディアである。合わせて撮られた『連獅子』ともども、歌舞伎を体験したことのない人こそ観劇してほしい。
歌舞伎と勘三郎を山田洋次はどう見たか
山田洋次 歌舞伎に関してはいちファンにすぎないのですが、題材が『文七』ということで、感じることを勘三郎さんに申し上げた。そうしたら「(これまでの歌舞伎演出と)変えてください」と。これは大変なことになった、と……。
五代目柳家小さんのために新作落語を創作するなど、落語に造詣が深い山田洋次。『文七元結』は、もとは明治時代に三遊亭円朝が口演したとされる落語で、山田にとってもバイブル的なものだという。それだけに、中村勘三郎からのオファーは相当な重圧と共に至福の喜びがあったに違いない。
山田は勘三郎のことを「変幻自在で、柔らかい俳優」と例え、長兵衛の微妙な動きや表情までをカメラに収め、寅さんにも通じる、ベタだけど「笑えて泣ける」感情を観客に喚起させる。
山田洋次 歌舞伎は、特等席で見るとこんなに面白いのか! と感じることができると思いますし、俳優の汗が飛び散る所など間近で見れば、ある意味で劇場以上の迫力に圧倒されると思います。
ぴあ2008年10月23日発売号掲載記事を改訂!
シネマ歌舞伎は全国で様々なタイトルが順次公開されています(2020年9月現在)。情報はこちら、シネマ歌舞伎公式HPで紹介されています。