復刻インタビュー/永島暎子が振り返って語る金子正次映画『竜二』の現場

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Photo by Kelly Sikkema on Unsplash
館理人
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映画『竜二』(1983年)に出演された永島暎子さんに、当時の現場について語っていただいたインタビュー記事を復刻です! 2011年の雑誌取材に応じてくださったときのもの。

館理人
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今後もずっと語り継がれること必至の映画です、『竜二』。金子正次の遺作。詳しくは、以下の記事で紹介しています。

『竜二』データ

監督:川島透 脚本:鈴木明夫(金子正次の脚本ペンネーム) 出演:金子正次、永島暎子、北公次、佐藤金造 主題歌:萩原健一「ララバイ」

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では、インタビューをどうぞ!

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『竜二』名演の秘密、撮影の舞台裏

(取材・文 轟夕起夫)

──久々に『竜二』を御覧になられたそうですね。日本映画専門チャンネルの「日曜邦画劇場レトロスペクティブ」のトークコーナーに出演されることもあって(※2011年のインタビューとなります)。

永島 ええ。やはり大切な作品過ぎて気軽には観られないんですよね。金子正次さんの遺作でもありますし……。

──金子さんが、竜二の妻・まり子役に永島さんを当て書きしたのは有名な話です。そもそも永島さんが主演された『女教師』(1977年)を観てファンになり、出演依頼したとのことですが。

永島 ええ、金子さんにとっても大事な作品に私を呼んでいただいて、とてもありがたかったです。

──『竜二』は歳を重ねるほど、登場人物の気持ちが分かり、深みが増してくる映画ですね。とりわけ、あの伝説的なラストシーン!

永島 台本を読んで、そこまでの運びも素晴らしかったですが、やはりあの商店街での別れのシーンに胸打たれて、出演を決心しました。あれを撮ったのは3月で、刻々と陽が落ちていき、淡い光がどんどん弱くなっていく中でした。監督は「恐怖の15 カット」と呼んでいましたが、まず歩いてくる竜二を撮り、別カットで何回か撮り直しがあり、やっと私のシーンに来て、とても慌しかったけど、集中してやり切ったのを今も覚えています。

──切ないラストですよねえ。

永島 いいわよねえ。分からない人はダメだと思う(笑)。男と女の織りなす世界を、日常のさり気ない瞬間に凝集させた金子さんの視点、感性は際立っています。撮影当時は私も若くって、男の心情、生活する女の気持ちがまだ掴めなかった。本当に手探りの状態で挑んだのですが、今回久し振りに観たら、なんて男と女の機微を上手く掬い取った映画なんだろうって。劇的な話はないのに、でも惹きつけられる。特に竜二がカタギに戻ってきて、3人の狭いアパートでの、絵に描いたようないかにも幸せな家庭生活のショットを積み重ねていくでしょ。それでもなぜか、竜二の心中同様、ザワザワと不穏な空気が充満していくんですよね。

──まり子もそれを感じ、もちろん生活はあるのですが、旅立たせてあげる。

永島 すがりつきたいけれども行かせてあげる。前半で「お前はもう田舎に帰れ」って竜二に言われますよね。あのとき、まり子は「嫌だー!」って大泣きする。それがあって、カタギになって戻ってきて、だからまり子はものすごく嬉しくて懸命に頑張るわけですよ。その懸命さゆえに、生活の中に埋没し、肉屋の行列に並んでしまう哀しさ。そして、竜二は去っていく……。

──あの後ろ姿、忘れられません。

永島 金子さんと深い関わりのあった劇作家の内田栄一さんは、「スジではなく生活、セリフではなくて金子の肩の芝居、その肩を支えているのは“気色(きしょく)”だ」っておっしゃていました。色は情(じょう)、気は何かをやろうとする“気”のことね。それで金子さんは芝居をしているって。

──内田さんらしい言葉ですね。金子さんは実際、どんな方でしたか?

永島 竜二のセリフでも言わせてましたが、ゴチャゴチャした枝葉……理屈が大嫌いな人でしたね。ヤクザぶってたけど、あんなに素直な人はいなかった。ものすごく一本気で、純粋で筋が通っていて、とっても謙虚で人に気を遣うし、優しいし。“義”の人でしたね。ヤクザではなくで“男”。「東映の任侠映画が昔好きだった」っておっしゃってた。「だってヤクザは色っぽいじゃない」って。でも金子さん自体が“義”の人だったと思うのよね。

──プロットを書く段階でインスパイアを受けたという萩原健一さんの「ララバイ」を筆頭に、音楽も効いてます。

永島 ヤクザ稼業から足を洗う竜二の「ちりめん三尺ぱらりと散って……」という独白のバックに流れるギターもいいし、かつての兄弟分(菊池健二)がシャブ中になって現れ、だんだんと竜二の気持ちが揺れていくシーンも音楽がその内面を表していた。撮影だってこれ見よがしではなく、まるでカメラの存在がないくらい自然。脇に出てらっしゃる人たちの顔がまた見事でね。ビニ本屋のおやじさんも銀行マンも酒屋の主人も、ゲートボールをやってるお年寄り達なんかも、いかにも居そうでしょ。一瞬にしてその人たちの生きてきた時間、人生までが見えてくる。

──舎弟役の北公次さんとは、『竜二』の前に永島さん、映画『悪魔の手毬唄』(1977年)でご一緒されていましたよね。

館理人
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1977年の映画『悪魔の手毬唄』は市川崑監督作、金田一耕助シリーズのひとつ。

出演:石坂浩二、岸恵子、仁科明子、北公次、草笛光子、高橋洋子、山岡久乃、渡辺美佐子、大滝秀治、岡本信人、永島暎子、三木のり平、若山富三郎、ほか。

ちなみに、市川崑監督版の金田一耕助映画のエッセンス、「よし、わかった!」の関連記事はこちらにあります。

永島 そうなんですよ! 私の兄役でした。

──北公次さんも、ヤクザなんて似合わない方だからこそ面白い。

永島 北さんについては金子さん、何かの作品を観たとき、「どっち側かの目がとても怖かった」そうで。もうひとりの舎弟・直(佐藤金造→現・桜金造)はおっちょこちょいで単純で情深い、堕ちていくヤクザの典型で、ひろしは非情さでのし上がっていくヤクザ。やっぱり北さんの“目が怖い”って印象でひろし役に起用されたんでしょう。これも金子さんの独特の見方、感性のあらわれだと思います。

──ところで舞台裏では、当初の監督は金子さんの親友の方が務め、途中で製作担当の大石忠敏氏.……すなわち、川島透さんに交替されましたね。さぞかし大変な事態に見舞われていたのでは。

永島 それはやっぱり……最初は金子さんのことをわかっている人が撮っていたわけですから。いつ金子さんの体がダメになるかわからないから中断したくない。けれどもかといって、このまま撮り続けていたら失敗する、と板挟みになっていたはず。金子さんは、日に日に焦ってました。撮影が一時中断し、待機しているときに「今、地獄やってる」って金子さんから電話があって。体のこと、3年前に胃を切った話は聞いてましたが、ガンになっているとは知らなくて、「地獄やってる」って言葉がちょっと大袈裟な言葉に思われたんだけど…。

──本当に“地獄”だったんでしょうねえ……よく完成したと思います。

永島 結果として監督になった川島さんは、金子さんがやりたいことを映画としてどう形をつけて見せたらいいのか、それに長けていました。後半のカタギの生活のところで、家庭のショットをスケッチ風に入れたのも川島さんの案だった気がします。いろんなことが良いほうに動いていって、奇跡的に上手くいった。肉体的には3年前に手術をしていましたし、寿命を超えた中で映画作りに賭けた金子さんの執念が奇跡を起こしたんじゃないでしょうか。

永島瑛子・プロフィール

ながしま・えいこ
1955年熊本県生。1976年『四畳半青春硝子張り』のヒロインに抜擢され映画デビュー。
1983年『竜二』の演技でブルーリボン賞、キネマ旬報、報知映画賞の助演女優賞を受賞。主な映画出演作に『悪魔の手毬唄』(1977年)、『泥だらけの純情』(1977年)、『女教師』(1977年)、『狂った果実』(1981年)、『はるか、ノスタルジィ』(1992年)、『棒の哀しみ』(1994年)、『身も心も』(1997年)、『山桜』(2008年)、『またたき』(2010年)など。

轟

映画秘宝2011年2月号掲載記事を改訂!