俳優語り【金子正次】壮絶人生。ホンを書き、自ら主演することにこだわり、命と引き換えに映画を遺した

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館理人
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金子正次は『竜二』で主演した俳優で脚本家。脚本家としては鈴木明夫がペンネーム。

館理人
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『竜二』の公開中に金子正次は亡くなりました。

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金子正次は末期の胃がん抱えながら、自分が主演するための脚本を書きました。持ち込んだ大手映画会社では思い描く形での映画化が叶わないため、自己資金で撮影を始めたのが『竜二』です。

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金子正次の役者人生そのものが映画のよう。駆け足でご紹介です!

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「待ってろよ。今にな……男になるからよ。待ってろよ」

“「竜二主演」の金子正次 さる、11月6日未明亡くなりました 金子正次の『竜二』は永遠に不滅です”

 1983年10月29日より東映セントラル配給でロードショーの始まった映画『竜二』であったが、公開から1週間後、その男は胃ガンで世を去った。享年33。

 冒頭に記したのは、上映館のひとつ、新宿東映ホール2(現・新宿バルト9)前に張り出された訃報の文面だ。

 常日ごろ、かねがね「待ってろよ。今にな……男になるからよ。待ってろよ」が口癖だった。

 1949年12月19日、愛媛県生まれ。松山聖陵高校中退後、本名の金子松夫ではなく“金子正次”を名乗り始め、上京し、仕事を転々として1972年、新宿歌舞伎町のディスコ“MUGEN”のホール係に就いた。

 同年、原宿学校(のちの東京映像芸術学院、現在廃校)に。卒業公演『ユビュ王』に場違いなヤクザ役(←『仁義なき戦い』の菅原文太もどき)で登場、それを客席で観ていたのがアングラ&小演劇界の雄、劇作家の内田栄ーだ。

 2人は意気投合、劇団東京ザットマン(後に“ザットマン7”と改名)を旗揚げして1975〜78年、座付作家=内田、主役=金子のコンビを形成、内田が去ってからは 1981年まで金子が座長も代行した。

 もともと映画スターになりたかった金子だが、チャンスはなかなか訪れなかった。

 映像関係では原宿学校の研究生時代、日本テレビのドラマ『春のもつれ』 (1974年)に端役で顔を出し、あとは『プロハンター』(1981年)の第16話「悪い女」へのゲスト出演と、映画『凶弾』(1982年)の狙撃手役ぐらいである。

館理人
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「プロハンター」は藤竜也と草刈正雄の刑事バディもののアクションドラマです。

 『プロハンター』の演出は崔洋一だった。親交のあった松田優作は『野獣死すべし』(1980年)の共演者に金子を推した(結局は鹿賀丈史に決まった)。

 1982年、『チ・ン・ピ・ラ』のシナリオを書き、優作に渡した。名だたる映画プロデューサーの間を奔走したが、優作をもってしても無名の男の“ホン”は無下に扱われた。

館理人
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『チ・ン・ピ・ラ』は、後述の『竜二』を監督した川島透が、『竜二』の公開後に映画化しました。主演は柴田恭兵とジョニー大倉です。

 金子は、焦りからかライバル心からか「優作はさ、どうもおれがデビューするのを怖がっているんだよな」と吹聴。以後、2人の折り合いは悪くなったが、優作は金子の最期を看取っている。

 ちなみに彼が金子と同じ 11月6日に亡くなったのは、偶然か、それとも運命か。

『チ・ン・ピ・ラ』に続いて、『竜二』『ちょうちん』『獅子王たちの夏』『盆踊り』を執筆。

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『獅子王たちの夏』(1991年)は哀川翔、的場浩司出演、高橋伴明監督作。

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『ちょうちん』(1987年 )

は陣内孝則主演、梶間俊一監督作。

 1983年、“鈴木明夫” のペンネームで『竜二』の脚本を仕上げて、自主製作で主演、最後の力をふり絞ってスターに、男に、なろうとした。

 かつて原宿学校の映像クリエイター科にいた知人、吉田豊と大石忠敏(川島透)を誘って。

 ホンを書き、自ら主演することにこだわり、それを成し遂げた姿は『ロッキー』のシルヴェスター・スタローンを彷彿とさせ、命と引き換えに映画を遺した点ではブルース・リーにも匹敵するだろう──。

館理人
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川島透監督は、『竜二』監督中、「体調が悪いということは知っていたけど…」、金子正次が末期ガンを患ってたことは知らなかったとインタビュー記事で語っています。

 その生涯をもっと知りたい方は、(フィクションと謳っているが)高橋克典が金子正次を演じた細野辰興監督の『竜二 Forever』(2002年)、生江有二のノンフィクション「竜二 映画に賭けた33歳の生涯」(幻冬舎アウトロー文庫)などを参照していただきたい。(轟夕起夫)

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『竜二 Forever』は高橋克典主演作。リメイクではなく、映画『竜二』を通して金子正次の死後までを描きました(フィクションと謳っていますが)。

轟

映画秘宝2011年2月号掲載記事を改訂!

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ヒロイン永島暎子さんに当時の現場の様子をうかがったインタビュー復刻記事もあります。