読む映画リバイバル『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』

断片と総体

(2015年9月上旬号より)

 オープニング。なにやら男がひとり、苦悩しながらこう呟いている。

 「頭の中に音の断片はあるんだけども、あとが浮かばなくて……」

 その男、ザ・ビーチ・ボーイズの音楽的支柱にして希代のソングライター、ブライアン・ウィルソンの半生を綴ったこの「ラブ・アンド・マーシー」は、開幕で示された通り、彼の苦悩と向き合った “断片と総体”についての映画なのであった。もう少し言葉を足せば、いかに細部にこだわり、断片を築き上げて全体像へと接近するか――に懸けた作品なのである。

 ブライアンはレコード制作において、単にヒットシングルの寄せ集めで構成するのではなく全てが一体となった、すなわちトータル・アルバムを夢見た。刺激を与え、指標となったのは1965年、ザ・ビートルズが発表した『ラバー・ソウル』だ。歌詞がぐっと内省的に変化し、サウンドも曲ごとにアイデアに満ちており、しかも全体は一本、叙情性で貫かれた通算6枚目のアルバム。意を決して(精神的負担だった)バンドのライブ活動からひとり離れ、ブライアンはスタジオに籠って曲づくりに専念する。そうして名うてのセッション・ミュージシャンたちを集め、音実験を繰り返し、ツアーから戻ってきたメンバーと歌入れして完成させたのが『ペット・サウンズ』。ロック/ポップ史上の名盤の制作過程を、映画は鮮やかに再現してみせる。

 当時、(イギリスは別にして)アメリカ国内では従来ほど売れず、批評的にも芳しくなく、ブライアンを大きく落胆させたが、覚醒した彼はさらにアグレッシブさを増していく。曲の断片をそれぞれ別に録音し、パズルのごとく繋ぎ合わせてまとめる技法(モジュラー・レコーディング)を押し進め、その効果が最高に発揮されたナンバー『グッド・ヴァイブレーション』の録音風景も本作は描きだしている。LSDなど薬物に依存し、サイケデリックな世界の深みへと嵌ってゆく姿と共に。

 スタジオのコントロール・ルームから、あるいはブースへと直接降り立って、微に入り細に穿ち指示を出すブライアン。頭の中に次々と涌いてくる様々なイメージ、音像の断片を具現化するために。プレイヤーにして指揮者であり、自由な編集権をも握った映画監督のような存在。しかし、あらゆることを意のままにコントロールできたかといえばむしろ事態は反対で、60年代まではマネージャーであった実の父親がたびたび高圧的に立ち塞がった。それからアルバム『スマイル』制作の挫折以降、薬物中毒が悪化し、精神的にも崩壊したブライアンに救いの手を伸べたものの寄生してマインドコントロールするに至る精神科医ユージン・ランディ(ポール・ジアマッティ)の悪業も。つまりこれは、“コントロール”をめぐる映画でもあって、そこにラブ&マーシー(=愛と慈悲)を持ち込むのが車の販売店で出会った運命の女性メリンダ(エリザベス・バンクス)というわけだ。

 再び車を介したラストエピソードのあと、それまでポール・ダノとジョン・キューザックに演じ分けられてきた主人公が、ブライアン本人自身の映像によって統合される。この映画を締め括る、これ以上のパズルのピースはないだろう。

[キネマ旬報掲載]
●監督:ビル・ポーラッド●出演:ジョン・キューザック、ポール・ダノ、エリザベス・バンクス、ポール・ジアマッティ、他●2014年●アメリカ