こちらの映画レビューは、日活ロマンポルノのタイトルを紹介していく男性誌での連載コラム記事の復刻です。
その前にロマンポルノ解説を少々。
ロマンポルノは、R-18の映画で日活のレーベル。アダルトビデオとは別くくりの、年齢制限のある一般邦画として分類される映画です。
詳しくはこちらで紹介しています。
コンプライアンス意識皆無時代のコラムゆえ、所々のバカすぎる文面には要注意でお願いします。
前置き以上!
データ
1977年
監督:小原宏裕
脚本:松岡清治
音楽:世田ノボル
出演:谷ナオミ、渡辺とく子、井上博一、森みどり、村田昌彦、島村謙次、あきじゅん、浜口竜哉、川越てまり、田畑善彦、飯田紅子、言間季里子
女だらけの水泳大会と女囚映画、最近ないネ
(轟夕起夫)
女囚映画は娯楽の宝庫だ。
どんな娯楽かといえば言うまでもない。右を向けばサディスティックな(女)所長と(女)看守、左を向けば(女)ボス囚人と(女)新入り囚人が、わんさかわんさか。どこをとっても女女女女女女女女女女女女女女。
おんな。
ここはどぶろっくさんのアルバムを紹介しておきましょう。もちろん本作とは全く関係ないです。
それがレイプやらキャットファイトやらレズシーンやら入浴シーンやら拷問、生体実験まで繰り広げるとあれば、満漢全席級の娯楽であろう。
が、しかし、これは嬉しい反面、女体というものをあまりに安易に軽々しく粗末に扱っており、実は観る者をとても不安にさせるジャンルでもある。
何しろ映画に女体(つうかハダカ)がたくさん投入されればされるほど、そのひとつひとつの価値が下がってしまうという、恐ろしいテーゼが存在するからだ。
恐ろしいですね。
だから東映の奇跡の怨み節=『女囚さそり』シリーズなどは、ヒロインの価値を下げぬよう思いっきり物語を暴走させ、例のテーゼを忘れさせるほどに観る者を振り回し、最終的には「どこへ連れてくんですか?」と半べそをかきたくなるような極限地へと人を拉致する。
『女囚さそり』シリーズは、第1作『女囚701号 さそり』(1972年)から梶芽衣子さん主演で4本。その後リメイク版が多彩な女優さんで続々作られました。
原作は篠原とおるさんの漫画「さそり」
ではこの女囚映画、日活ロマンポルノとの共犯関係はどうだったのか? というわけで、谷ナオミ主演の『女囚101 しゃぶる』である。
これは、どのへんが一体「しゃぶる」なのか夜を徹して語り尽くしたい逸品なのだが、なかなかの暴走ぶりを見せる。はじめこそ女囚映画のムード満点であるものの、ヒロインの谷ナオミが監獄で回想モードに突入すると、人を着地不能のフライトへと招待する。
まださっきの『女囚さそり』シリーズの話ですが、梶芽衣子さんは主題歌「怨み節」を1972年にリリース。この名曲はベストアルバムにも収録されています。
ナオミは入獄する前、しがないスナックのママだった。そこに“水島謙一”という名の演歌の流しが登場する。この男、気のいいヤツで、唄もそこそこイケる。しばらくは二人の甘やかな生活が続く。
けれどもナオミは、謙ちゃんを売り出すための金をダニのような男(井上博一)にだましとられ、おまけにセックスまで強要されてソイツをブッ殺し、ついにお縄となる。そして監獄で、謙ちゃんがスターになったことを知るのであった。
え〜と、「怨み節」は梶さんリスペクトのハリウッド監督、クエンティン・タランティーノの映画『キル・ビル Vol.1&Vol.2』のエンディングでも流れてますね。
ちなみに『キル・ビルVol.1』は、梶芽衣子さん主演の『修羅雪姫』(1973年)のオマージュ満載で、挿入歌も梶さんが唄った『修羅雪姫』の主題歌「修羅の花」でした。
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こうなったらナオミは物語の流れ上、脱走するしかない(女二人で手錠に繋がれたまま逃げるのだが、途中でそれを切断するパターン)。さらにいろいろあって、結局腕に手錠をしたまま謙ちゃんに会いにいき、あっさりと殺されてしまう……無情にも謙ちゃんは、他の女と結婚しようとしていたのだ!
劇中の挿入歌は「𠮟らないで」。唄うは大道一郎、これが名曲。中古レコード屋で見つけたら即ゲットだ。あっ、あと映画のラストはしっかり「怨み節」しているんで、ちゃんとしゃぶりつくすように。
「叱らないで」は見つけるのが難しそう。もともとは青山ミチさんが1968年にリリースした曲でしたが、こちらも見つけるのは至難かも。なら映画で聴くしかないですね。
ビデオボーイ2000年1月号掲載コラムより!
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