関根勤さんと伊集院光さんの対談記事を復刻します!こちら、2009年の記事となります。
ずばり「お笑い」をテーマに語っていただいた対談です。2009年というと、時代感としては、お笑い芸人たちがDVDソフトを利用して、独自のお笑いをパッケージすることが盛り上がっていた頃。話題作もたくさん出ていました。
YouTubeやSNSでの発信がまだまだ一般的ではない時代ですね。
そんな時代感もあわせ、おふたりの「お笑い愛語り」をお楽しみください。
対談 関根勤×伊集院光
(取材・文 轟夕起夫)
お笑い、という仕事にかけてカリスマと呼ばれる人がいる。芸能界で独自の笑いを追及してきたふたり、関根勤と伊集院光。 笑いとは、己の生き様が反映されたもの──ふたりの対談を聴いていると、そんな思いを強くする。
笑いの鉄人。おふたりのことをこう呼ばせてもらおうか。極めて個性的な笑芸人であり、しかも、どのような場に出ても座持ちのうまい名バイプレーヤーでもある。互いのプレイスタイルは違っても、ともに好感度高く、そして長年、コアなファン層からも支持され続けている。関根勤×伊集院光。お笑い界注目の対談が始まった。
初めてのこころみ
伊集院 今回は珍しい並びですね。
関根 そうだね。ましてやふたりで、笑いをテーマに話すなんて初めてだよね。
伊集院 バラエティ番組で御一緒することはありますけど、こうやってふたりきりで会うのは、16年ほど前、僕がニッポン放送でやっていたラジオ番組にゲストで、関根さんに来ていただいたときが最後ですか。
関根 ああ〜、あったあった。断片的にだけど、覚えてますよ。
伊集院 俺、印象的だった企画は、関根さんが(元ボクサーの)輪島功一さんになりきって、クイズに答えるという……。
関根 やりましたねえ!
伊集院 「好きな昆虫は?」って質問に「バッタだねえ?」と関根さんがマネしながら答えたら、別室で聴いていた輪島さんが急に「俺はコオロギが好きなんだよ!」ってマジで怒りだした。あれ、ビックリしたなあ。突然スイッチが作動しちゃった。「あっ、輪島さん、そこで怒るんだあ?」って。可笑しかったですね。
妄想力とお笑い
さすがっ! まるでラジオの公開トークに立ち合っているような感覚。ちょっとここで、トリビアな事実を挟んでおくと、ふたりはかつて1993年に、米光美保(元・東京パフォーマンスドール)とのユニット『米光倶楽部』で、企画物のCD『TRUE』をリリースした過去もあったのだった(このCDについては、写真撮影のときにふたりともちゃんと思い出していた)。
さて。そろそろ本題へ。亡き女を想う、と書いて[妄想] なのである。これは関根さんの名言。妄想力が、その笑いのベースになっているというお話。対談は核心に接近していく。
関根 小説も映画も何でもそうじゃないですか。創作って、ゼロ地点から妄想によって始まっていくわけですから。僕の場合は、ふと浮かんだ何気ない物事がエスカレートしていってしまうんです。エスカレートしすぎて、周囲がついてこないこともしばしばなんだけど。以前「笑っていいとも!」で、タモリさんと番組終わりに後説で話していたら、共演者にも観客にも引かれちやったことがあった(笑)。僕はこう言ったんです。「SPEEDや大橋のぞみちゃんみたいに、人気者はどんどん低年齢化しているから、そのうち5歳、いや、赤ちゃんのグループとか出てくるんじゃないですか。赤ちゃん隊ってネーミングで、お母さんに抱かれて、授乳しながら、おっぱいを吸う音で音楽をやるんですよ」と。そこで普通、止めるでしょ。でもタモリさんは「そうだよな、そうするとあれだな、妊婦隊も出てくるな」って。
伊集院 その妊婦隊は、お腹の中のほうが主役なんですね(笑)。スゲえ〜な〜。
タモリと明石家さんまの違い
関根 そう。で、さらにタモリさん、「これからは、精子隊とか卵子隊も出てくる」って広げるから、僕が「アルバムタイトルは「遥かなる受精」じゃないですか」ってノったら、さらに「細胞分裂」だの「胎盤」だの「羊水の中で」だの…ってタイトルが挙がって、その時点ではもう会場中、シーンとしてたんですよ。ふたりとも年上なので、みんな、止めたくても止められなかったんでしょうけれども。絶対ありえないことなんですよね。そんな卵子隊なんて。でもタモリさんはツッコミではなく、資質はボケなので、どんどん拾って重ねてくれる。(明石家)さんまさんだとね、たぶん「赤ちゃん隊」くらいで止めちゃえるんですよね、「歌えへんやろ!」って。それが普通なんです、ツッコミの人だと。あのときはボケ同士、妄想が広がって楽しかったですね、タモリさんがノってくれて。
伊集院 タモリさんはツボに入ると、本当に嬉しそうな顔をして、ノってくれますよね。
関根 伊集院くんもたぶん止めないでしょ?
伊集院 そうですね。止めないというか、止め方がよくわからない(笑)。僕は、悪いクセでけっこう、妄想し始めると怖いほうへと最終的には行っちゃうんです。ネガティブな方向にふくらむというか。たとえば、カレーを食うときに福神漬けをそえる。自分にとっては普通でも、実は自分の思い込みで、周囲の人たちは「うわー、何やってんだよ、あいつ!」って、全員が引いてたらどうしよう……。そういうちょっと、世にも奇妙な物語、 テイストになっちゃうんですね、いつも。もう少し、関根さんみたいに、「楽しい妄想力をつけたいなあ」と、実は思っています。
いったん溢れ出た妄想ワールドは、もう止まらない。あなたは、最後までついてこられるか(笑)。
妄想の中のリアリティ
関根 あのね、妻が僕のことを褒めないんですよ。まったく褒めてくれない。たとえば、家でゴールデンレトリバーを飼っていて、ライルって雄犬なんだけど、あまりに好きすぎて、僕ね、「結婚してくれ」って告白しちゃったことあるんです。それは自分でも耳を疑いましたけど(笑)。女房には「気持ち悪いこと言わないで」ってたしなめられたわけです。僕は「そうか、男同士だからいけないのか」と、今度は性別を設定して、「ライル、俺は雌犬になってお前の子を産みたい」って懇願したら、またも気持ち悪いって。そこで性的な関係を取り払って「俺は松坂牛になって、お前に食われたい」と言ったら、女房はドン引きですよ(笑)。でもこれね、僕が普通のサラリーマンだったらその反応でいいんだけど、職種が職種なんだから「さすがユニークね」と、何で一言加えられないのか。それで、どうして僕のことを褒めないのかな、と考え始めたら、また妄想がふくらんでいったんです。
伊集院 どんなのですか。
関根 逆に「もし付き合ってる頃から女房に褒められ続けたら、自分はどこまで伸びてたんだろう」って。男って一番身近な人、妻とか恋人に褒められたいものでね。褒められてたら僕は、東洋進出してたはず。でも世界まではさすがにムリでしょう。そこまで自分に甘くはない!
伊集院 僕ね、関根さんの「妄想の天才」の本当にスゴさを感じる点は、何を考えたっていいのに「世界まではさすがにムリ」って言うところ。そこ、別に世界まで行ってもいいでしょ。妄想は自由なのに、でも「待てよ、世界はねえな」って自らストップをかけている。
関根 そこはやっぱり、冷静に考えないとね。
伊集院 妄想の中にもリアリティの感覚がないと、面白くないんですよね。
関根 そうそうそう!
伊集院 ディテールを蔑ろにすると、「何でもいいじゃん」ってなっちゃいますからね。
関根 下手すると俺、ジョン・ウー監督のあの大作『レッドクリフ』に出てたんですよ。キツイですよ、『レッドクリフ』は出たらやっぱり。
伊集院 あっ、アジアのスターだから。ていうか、もう半分は出た感想になっている(笑)。
関根 アジアに進出した場合、ジャッキー・チェンやチョウ・ユンファとも共演するじゃないですか。そのプレッシャーに俺、耐えられるのか……答えは耐えられないんですよ。だから女房が僕を褒めなかったことを、ありがたいと思わなきゃいけない。女房は正解だったんですよ。そう思うとね、褒められないこともイヤじゃなくなってくる。そういうふうに自分を持っていくと、けっこうみんな、楽しく生きていけるんじゃないですか。屁理屈ですけど。これもひとつの考え方であってね。
伊集院 お話を伺っていて、やっぱり僕とはタイプが根本的に違うことがわかりました。関根さんは関根さんのまま、いろんな妄想に走れるじゃないですか。僕はいつも他の人になっちゃう。「あまりに好きすぎて、自分が伊集院光だと思い込み始めている普通の大学生」みたいな妄想をしているほうが好きなんですよね。あと、こうやって喋っているときも、「今、もしこれがドッキリだったら」みたいなことを考えてしまう。「いつからこれ、ドッキリだったんだ?」って探っていくと、すんごい怖くなってくる。わりと、外から自分を眺めるんです。つまり「自分の出来事だと受け止めるのはキツイけど、周りから見たらこれ、面白いよね」ってトコから、僕の妄想力は広がっていくみたいなんです。まあ最後は怖くなっちゃうんですけど(笑)。
オリジナルDVD
ふたりはそれぞれ、自分の世界をとことん追求、具現化したオリジナルDVDも作っている。関根さんは『脳格闘家 関根勤の妄想力東へ』を皮切りに、『西へ』『南へ』『北へ』のシリーズを。回を重ねるごとに、「妄想ファンタジスタ」としての荒芸を深化させている。
関根 DVDといってもね、普段どおりのままなんですけどね。『南へ』には「どこでもいきなり妄想」というコーナーがあって、カメラが私生活にまで密着してくる。たとえばそこで僕は「もし戦後のヒット曲、作詞作曲編曲、全部僕がやっていたら、今どんな人生なんだろうか?」と妄想していて、キッカケは大好きだった作詞家・阿久悠さんの逝去でした。一昨年(2007年)、お亡くなりになったとき、TVで追悼番組を観ていたら「あの曲もこの曲も、えっ、これも阿久さんのだったの!」ってビックリさせられて。およそ5000曲も作詞されていて、そのときにもう妄想が始まっていたんです。これはですね、いろんなアーティストと具体的な会話ができるのが楽しいんですよね。当然、永ちゃん(=矢沢永吉)の曲も書いているから、レコーディングで「永ちゃん、もうちょっとそこ、シャウトしようか」って言えるし、モーニング娘。やB’s、桑田佳祐さんにもいろいろ指示できちゃう。ただし、美空ひばりさんだけは別格でね。阿久悠ではなくて僕は「関悠」として活躍しているんだけど、「ねえ〜、関先生っ」ってひばりさんに声をかけられて、「ここの川の流れのフレーズはこういう感じで、どお?」とか訊かれて、「いいですねえ」って。ひばりさんにはさすがに何も言えない(笑)。それはそれは実に楽しい妄想なんですが、関悠、あまりに忙しすぎて死んじゃうなあって思いましたよ。
そこですかさず「死んじゃうなあって、関根さん、妄想なんだから別にいつ止めてもいいじゃないですか!」と笑いながらツッコんだ伊集院さん。彼のほうは『伊集院光のばんぐみのでいーぶいでぃー』を『VOL 2』までリリースしている。こちらは、BS11デジタルで企画・構成・演出を手がけた『伊集院光のばんぐみ』の傑作選。『VOL1』には白熱の心理戦「真剣ジャンケン」の、ディレクターズカット版・他が収められている。
伊集院 7人の無名若手芸人がカラオケボックスで1回勝負のジャンケンをするんですが、勝負をするのは 3時間後。それまでに、何を出すか決めておく、と。みんな仕事がない子ばかりなのに負けたら即番組への出演が1ヶ月休み。全員同じ手のあいこだったら全員が勝ち抜きで、バラバラの手であいこだった場合はまた30分後にやり直す。っていうルールなんですけど、みんな、やっぱり出し抜いて勝ちたいんですね。全員レギュラーでおさまれば平和だけど、やっぱりそうはならず、意見が全然まとまらない。誰かが「みんなでパー出そうよ」 って提案しても、「お前、本当はチョキ出すんじゃね?」って疑心暗鬼になって延々と言い争っているんですよ。結局、3時間半を超える勝負になったんですが、僕はこういう企画、人間の表裏が暴かれていく枠組みだったりルールを作るのが好きですね。人間の滑稽なところ、ダメな部分をクローズアップしたい。みんなを出し抜こうとしたり、騙そうとしているヤツ、自分だけは絶対大丈夫と思っているヤツが裏をかかれたり、逆に騙されたりするのも人生の真理の一端じゃないですか。僕のDVDはそんなのばかりですね。つまり「人って、最終的には滑稽でマヌケなんだよな」みたいな、そういう世界観が好きなんです。
かたや関根さんは『北へ』では、山野ホールに350人を集めて、シリーズ初の公開妄想を披露。客席から出されたお題に対して、即興で妄想を展開してゆく。さらにはお客さんの顔を見ただけで、どんな人物かコメントするLIVE顔妄想も。脳格闘家のガチンコ勝負である。
人を傷つけない表現
関根 あのときはもう、やるしかなくてね。普段の訓練の成果なのか不思議と浮かんでくるんですよ。僕が、一般の人を相手にした妄想で心掛けているのは、喩えに気をつけること。言葉の暴力もずーっとキズとして残るじゃないですか。だからそこをね、ギリギリのところで、その人が傷つかない方法をとろうと。例えば引きこもりっぽい人が相手だったら、「私、詩集を3冊作りました」って紹介してみる。内向的だということを示唆しつつも詩が書けるっていう才能を先に出して、表現を明るくするんです。プラスの表現を押し出し、その人のマイナス部分も想像してもらう。足が太くて、がっちりした、ちょっとだけ山口百恵さんに似た女性なら、「百恵さんが陸上競技を3年やったみたいですね」って言う。これだとそんなに傷つかないと思うんですよ。
伊集院 俺、「やっぱり関根さん、天才だなあ」と感心したのは、何のときだったか、ややエラの張った女性に向かって「咀嚼力のありそうな方ですね」と喩えるのを聞いて、「スゴイなあ、そういう風に言い換えられるんだ」って。咀嚼力がある──はプラスの能力ですもんね。
関根 そう。健康的だということで、ひいてはいい子供が産める、つまりモテるっていうところまで話がつながっていくかも(笑)。やっぱり男も女も全ての動植物は、遺伝子を次にリレーするために生きていますからね。
伊集院 能力があるかどうか、高いかどうかなんて見方のひとつ。マイナスだけの人なんていないですもんね。スゲえなあ、根が優しいんですよね。関根さん、そういうところが。
関根 いや、単純なことでね、自分がもし素人で、TVに出て司会者に、「あんた、気持ち悪いね」って、いきなり言われたら、その司会者のこと、俺、一生嫌いになるだろうし、TVに出なきゃ良かったって後悔するはず。そこで気の利いたこと、面白いことを言ってもらえたら、やっぱり嬉しいじゃないですか。
今後、この笑いの鉄人がガッチリと手を組み、オリジナルのDVDを作ることはないのだろうか。ふと、それを妄想してみる。
古典落語の表現
伊集院 けっこう毛色が違いますからね。僕が好きな言葉づかいのひとつに、古典落語に出てくる「松の木におじやをぶつけたような不細工な女」っていう表現があるんですが、これって想像すると鼻が低くて、肌がごつごつした感じ、吹き出物もあるんだろうなってイメージがわいてくる。でもあくまでイメージで、実在の像は結ばない。だけども聞くと何となく感覚を刺激されるフレーズじゃないですか。「ビックリして座りションベンもらしてバカになっちゃう」もいい。こういう古典落語の表現みたいに、実際にはありえない映像を、自分の喋りによって聞く人の脳内に作りだすのが楽しいですね。まあ、今の若手のお笑いDVDとは、関根さんのも僕のも、たぶん相当違うほうへと進んでいるのは確かで。ただ、ふたりの世界を重ねてみると案外、普通のTV番組の中の、いち出演者同士になっちゃうような気もするんですよね。
関根 うーん、そうかもしれないねえ。
伊集院 今のTVのバラエティのいいところは、作り手側がアバウトに僕と関根さんをある企画の中に投入し、配置してくれるところ。偶然一緒にいることの面白さもありますよね。それはTVの特性だと思う。DVDは個人が勝手に作ってやっていくほうが断然面白いですよ。そのやりたい放題を極めていくさまを、喜んでくれる人たちもいる。みんな、わざわざ選んで買ってくれているので。もちろん大人数が関わって豪華に作る、TVバラエティの醍醐味もあります。最近は地上波でも、バラエティ番組がDVD化されることも多いですから。何とも言えませんけれど。
関根 また、よくできてるんだよねえ。でもだからこそ僕は自分のDVDでは、TVとは違う方向のものを目指していきたい。
伊集院 そういうことが許される状況がいつまで続くか分からないけれど、僕もそうですね。
不安の乗り越え方
現在、伊集院さんのライフワークのひとつに、1995年にスタート、今も絶大なる人気を誇るラジオ番組『伊集院光の深夜の馬鹿力』がある。ラジオスターという意味でも、関根さんはその大先輩。今年の3月に惜しくも終了した長寿番組「コサキンDEワァオ!」をめぐる対話を最後に、この夢のトークは締め括られた。
伊集院 前に関根さんに関する本を読んだときに、それは「関根さんがどれだけのピンチを乗り越えて今の地位にいるか」っていう評伝だったんですが、なのに関根さんの感想が、「ビックリしたよ、これ読んで、俺、ピンチの連続だったんだって分かったよ」って(笑)。関根さんは、不安になるときってないんですか。妄想力があるってことは当然、不安も増幅されちゃうわけじゃないですか。
関根 そうねえ、一歳くらいだったか、『カックラキン大放送!』のレギュラーの頃は、このままだと消えるなと思ったね。その1回かな。あわててジャズダンスやタップを習ったりして、「今、俺は頑張ってるんだ!」って気持ちを誤魔化して、少し不安が消えたんだけど、それで間もなくして小堺一機くんとライブを始めたりしたのね。 不安よりも「とにかく頑張るしかない」って思っていた。不安になっているヒマがなかったな。
伊集院 よく自分を肯定するほうへと変えてこれましたね。
関根 そうだね、振り返れば、自分の人生を肯定的にとらえてきているね。やっぱり、僕のベースの中では27年半続いてきたラジオ番組、『コサキンDEワァオ!』が大きくて、あそこで週に1回、1時間なり2時間なり、小堺くんと本当に自分を開放して、バカなことばかり言えたのが良かったんだ。中学2年生の放課後みたいな感じで、リスナーからのハガキも本当に最高にくだらないネタばかりが届いて、それを読むたびに「人生、悩むことなんかないんだ、悩んだらバカだな」と思った。『コサキン』が僕の人生のベースになってはいたね。
伊集院 『コサキン』が今年(2009年)の3月に終了したのは本当に残念でした。僕らにとっては、目指すべき灯台の明かりみたいなものだったので。僕、ラジオの仕事をメインでやっていて、自分が何歳まで深夜放送を続けられるんだろうかって時々、考えるわけです。そういうときも『コサキン』の存在がすごいデカかったわけですよ、もう精神的支柱として。
関根 うん、わかるなあ。先輩方が元気でいてくれると、何かいつまでも若手の気分になれるんだよね。僕も、タモリさん、北野武さん、高田純次さん…それから伊東四朗さんも70歳を超えてもお元気だと、「ああ、俺なんてまだまだ小僧だな」って。あの人たちが弾けていると、僕も気持ちがラクになる。
伊集院 「あんなふうに、バカなままでいいんだ」という褒め言葉ってありますよね。
関根 そうそう。バカなまんまは最高の褒め言葉だよ。
伊集院 中2の気分のまま大人でもいいんだって、自分を肯定できる。大御所の森繁久彌さんのエピソードなんて聞くと「そんなくだらないこと、やっててもいいんだ!」って勇気が出ますもん。現在96歳なのかな、森繁さん。インタビューされている途中で死んだフリして、驚いた相手に「ビックリした?」って訊くんですって。くだらねーって。「そうか、俺もこのままでいいんだ」って、強く思えるんですよね。
2009年7月発売のキネ旬ムック「お笑いパーフェクトBOOK」掲載記事を再録です!
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