復刻インタビュー【北野武】監督作『アキレスと亀』が要チェックな重要作である理由

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館理人
館理人

北野武さんのインタビューを復刻です!監督&主演の映画『アキレスと亀』が公開された2008年の雑誌インタビュー記事となります。

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北野武 インタビュー

(取材・文 轟夕起夫)

 いま、北野武/ビートたけしは数えて何十回目かの勃興期を迎えているようだ。不断の自己更新を繰り返してきた怪物ではあるが、どうやら次なるモードに入った模様。

 14本目となる長編監督作『アキレスと亀』は、そんなモードが反映されているパワフルな自画像ムービー。世間から全く評価されない画家(ビートたけし)と、そんな彼に寄り添う妻(樋口可南子)との夫婦漫才にして、夫婦善哉な物語で、何というか、アクションペインティングさながらの、ダイレクトな表現欲に満ちた面白さが詰まっている (2人の青年時代を演じているのは、柳憂怜と麻生久美子!)。

 タイトルの由来は、ギリシア神話の足の速い英雄アキレスが「なぜか前を歩く亀に追いつけない」という有名なパラドックスから。つまり正解のないアートの世界で自分を見失ってしまった主人公の生き方を指しており、それは映画監督としての栄光と成功をさらに求め、前2作『TAKESHIS’』『監督・ばんざい!』では迷走した北野武本人の姿ともダブる。

 今回は内向しつつも外に向けて自らを解き放ち、ある種の20世紀美術史版「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」を展開。

 ラストは『キッズ・リターン!』『HANA-BI』からの深化をも感じるだろう。

 2008年6月、第30回国際モスクワ映画祭で特別功労賞を受賞。ますますワールドワイドに活躍する北野武/ビートたけしの現在を探ってみたい。

『アキレス と亀』とアンリ・マティス

──『アキレスと亀』の主人公の名は、真知寿(まちす)。20世紀を代表するフランスの画家、アンリ・マティスから取られたわけですね。

北野 うん。響きがね、意外に日本語に合うかなと思って。ピカソやモジリアーニだと無理だけど、これだったら何とか日本人の名前でもいけるかなってね。

映画の構想は飲みの席

ーーこのトンデモない画家の映画を構想された、いきさつというのは?

北野 前々から絵は描いていて、人にあげたり、『HANA-BI』の中で使ったりもしていたんだけど、溜まる一方でね。でもマトモな絵じゃないんで個展やるわけにもいかないし。じゃあ、才能のない画家の話を作ろうと思いついてね。金持ちの夫婦が絵画好きで、パリのモンマルトルとかに憧れて、それで子供に真知寿って名前をつけちゃって、周囲の人間も「真知寿くん、絵が上手いね」なんておだてて、本人もベレー帽かぶって、すっかりその気になるんだが、そこで家が倒産してしまう。でも絵描きになる夢は忘れられず、少年期、青年期、中年を過ぎてもひたすら夢に向かって暴走していく。最初はウチの若いヤツらと酒飲んで2時間くらいで作った話だったよ(笑)。

──暴走、といえば武さん、今年(2008年)の『FNS27時間テレビ』での暴走ぶりは素晴らしかったです! 『アキレスと亀』は、前2作を経て、突き抜けた感じがしました。笑いの要素も多くなっていませんか。

ジジイに脱皮する過程

北野 別に意識して笑いを入れているわけじゃないんだけど……まあ『27時間テレビ』はちょっとやりすぎたな。悪いことしたよ、若手の芸人の芽を摘むようなことしちゃった(笑) 。観てた人はみんな、スゲえスゲえ、って言ってたけど、オレは自分自身、バカだなあと思いながらけっこう楽しんでた。くだらないということはこういうことだ、ってね。

『TAKESHIS’』と『監督・ばんざい!』を撮っていた頃は、ちょっと身体の調子がオカしかったんだ。要するに、中年のオヤジがジジイになりかけているときで、脱皮する寸前だったの。だから精神的にも体力的にも弱っているわけ。そんな状態で映画を撮ってたんで、自分で何やってるかよく分かってなかった(笑)。今回、『アキレスと亀』でやっと骨格が固くなったっていうのがあって、だからこれ、『TAKESHIS’』『監督・ばんざい!』と合わせて三部作って言ってるんだけど、これで完全に脱皮したね。

役者と演技

──真知寿の青年時代は柳(ユーレイ改め)憂怜さんが演じられていますが。

北野 憂怜くんの芝居って変化してないよなあ(笑) そこがいいんだけど。この映画を観てくれた他の監督に、もっと使ってもらえたら嬉しいね。

──他のたけし軍団の皆さんも出演されていて、役柄にハマってました。

北野 三軍たちね。けっこう長ゼリフもあったんだけど、でもそれなりにやってた。器用だなと思ったよ。三又(又三)に山下清みたいな朴訥な味わいがあって意外と好評なんだが、普段と大して変わらないんだ。あれ演技じゃないんだよ。美術学生の役の中では(アル)北郷がけっこう良かったかな。

──ところで、境遇は全く違えど、真知寿という人物像に、「北野武/ビートたけし」がダブる瞬間があります。

芸術は甘美で危険

北野 それはあるだろうね。でも、よく考えれば真知寿って、相当な化け物だと思うよ。アイツのおかげでいろんな人が死んでるし、娘やカミさんにも多大な迷惑をかけてる。芸術というのは、それくらい甘美で危険なモノなのかもしれない。麻薬中毒みたいにアートに毒された男の悲喜劇だね。と同時に、トンデモないヤツでも、芸術家と称すると何か特別視してしまう世の中への嫌味も描いている。人を楽しませるために身内を悲しませるパラドックス。アキレスと亀』っていうのは無限のパラドックスだけど、芸術も芸能もそういう矛盾を内在しているところがある。

よく芸人は、親の死に目には会えないって言われているんだけど、あれは間違いで、親が死んでも平気で芸をやるようなヤツが芸人なんだってこと。逆なんだよ。芸のためにそうしているわけじゃないんだよね。

──この真知寿の場合、迷惑をかけているようで、奥さんのほうもいつの間にかトンデモないアート活動に前のめりになっていきますね。

好きな商売につくこと

北野 滑稽でもありコワいよね。だんだんとカミさんも、芸術の底知れぬ魅力に毒されていってしまう。才能のない画家と一緒に暮らし、支えている幸せというのも麻薬的な中毒性があって、結論的には「まあ、それでもいいじゃないか」って部分もあるんだけど、ハッピーエンドかどうかは観る人に委ねている。観ようによっては、すごい残酷物語だしね。一方で、世間に認められなくても、二人して好きなことやり続けていればいいじゃないかって考え方もできる。ただ思うのは、真知寿が画家として売れるのを望むのは「2回宝くじに当たりたい」って言ってるのと同じで贅沢だなって。だって好きな商売につけること自体、宝くじが当たったみたいなところ、あるでしょ。

──武さんは大学を中退され、浅草のストリップ劇場、浅草フランス座に行かれましたね。当初はエレベーターボーイ。幕間のコントに出始めて、芸人としての道を歩まれていった。

続けたヤツが勝ち

北野 ちょうどオレが学生のときは1960年代後半で、大学に行かなくなって、新宿のジャズ喫茶のボーイをやってたんだ。カルチャー的にはアングラ演劇が隆盛で、寺山修司の天井桟敷や唐十郎率いる状況劇場、そのポスターを描いていた横尾忠則とかの才能がワーっと出た時代だった。それで街ではハプニングというネーミングでワケ分かんないパフォーマンスをやってた。当時はみんな、物珍しそうに見てたよ。他にもフーテンとか新宿ビート族とか、新しい人種がふきだまっていて、ホンモノとニセモノが入り交じり、そういう意味じゃ何でもありな時代だったね。

けれども結局続けたヤツの勝ちみたいなところはあるよ。ボクシング・ペインティングやってて、ニューヨークに渡って成功した篠原有司男さんとかそう。オレは新劇もアングラ演劇も、それからアートみたいなものも当時は嫌いで、浅草に行っちゃったんだけど、まさかそこで漫才師になるとは思ってもみなかった。

周りには、夢見て苦労の果てにようやく漫才師や落語家になれた人もいるわけ。オレの目には、そいつは売れなくても幸せだと映ったよ。真知寿みたいに大好きな職業につけたんだから。オレの場合は漫才師になりたくてなったわけじゃないから、宝くじ、まだ当たってなかったね。

──当たっていないんですか。

芸人に憧れていたわけではなかった

北野 そう。漫才師になりたいと思ったことは一度もなくて、漫才ブームのときに成功してしまうんだけど、何でこんな商売やってるんだろうって感じてたんだよね。その時点でもまだ宝くじには当たっていない。芸人に憧れていたわけではなく、アイツよりはオレのほうがまだ面白いだろって気持ちでやってただけだから。だからオレにとっての宝くじは、以後、勝負に勝つことになった。売れるんだったら徹底的に売れないとイヤだったし、常に勝負には勝たないと意味がないと思うようになって、それはそれで不幸な、『アキレスと亀』みたいな生き方をし続けているんだな(笑)。

──お話を伺い、映画を観ても感じましたが、芸術家と芸人さんって、どこか存在の仕方が似ていますよね。

芸術家と芸人

北野 オレの感覚で、マティスとピカソを落語家で喩えると、どっちも名人なんだけど、ピカソが古今亭志ん生で、マティスは桂文楽なんだ。マティスの自伝を読むと「死ぬほとデッサンをしなきゃいけない」って書いてあって、あの絵を見ると、そんなデッサンした絵かな、と思うんだけど、それだけやった後に崩してるんだよね。

ピカソっていうのは多才で何やっても上手く、マティスのいいところをみんな取った感じがする。で、それをヘタウマに昇華した。芸術家は題材として面白いんだよね。真面目なんだけど、相当ヘンで、笑っちゃう人が多い。世界的なアーティスト・草間彌生さんだって、笑っちゃう。草間さん、テレビの番組で会ったらオレの手を握って離さない。「あなたと一緒に宇宙を作りたい」って言われてどうしようかと思ったよ(笑)。

芸術家って放送禁止がないのがいいよね。テレビで普通はカットされそうな人も芸術家だと全部ありだもん。伝統芸能もそう。 『27時間テレビ』で佐渡島の「ちとちんとん」って祭り、ダッチワイフ背負って走り回っても怒られないんだから。あれね、NHKのニュースに取り上げられて、でもさすがに映像はなかったんだって。 「たけしさんが佐渡島に来て、宿根木のちとちんとん祭りに出ました」ってテロップが流れたんだけど、画面は静止画で、オレの姿は映ってなかったって(笑)。

館理人
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以下、北野さんがインタビューで「三部作」と語っている3作品について、データでざざっとご紹介!

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三部作について

映画『アキレスと亀』データ

裕福な家庭に生まれ、画家になることを夢見ていた少年・真知寿。が、ある日、父の会社が倒産し、両親が立て続けに自殺してしまう。真知寿は絵だけを心の拠り所にして生きていくが…。

監督・脚本:北野武 出演:ビートたけし、樋口可南子、柳憂怜、麻生久美子、ほか

映画『TAKESHIS’』データ

売れない役者でコンビニ店員・北野が、自分にソックリの人気タレント、芸能界の大物・ビートたけしに出会い、サインをもらう。それをキッカケに“ビートたけしの世界”に引き込まれ、迷い込んでいく北野。『ソナチネ』(1993年)を撮った頃から構想、当初は「フラクタル」という幾何学概念のタイトルが付いていた現代版“胡蝶の夢”。ビートたけし/北野武の悪夢が錯綜していく。第62回ベネチア国際映画祭でサプライズ上映された。

監督・脚本:北野武 出演:ビートたけし、京野ことみ、岸本加代子、大杉漣、寺島進、ほか

映画『監督・ばんざい!』データ

得意なバイオレンス描写を封印、脱暴力映画を宣言した“おバカ”監督キタノ・タケシが新機軸にチャレンジ! ヒット作を世に出そうと様々なジャンルーーラブストーリー、SF、ホラー、ワイヤーアクション全開の忍者映画、小津風の人情劇などに取り組み、ことごとく挫折、七転八倒しまくる。『TAKESHIS’』に続いて内省的、自己言及的な作品だが、窮鼠猫を噛む、「北野流の映画への愛憎」がほとばしる破壊力に満ちた怪作!

監督・脚本:北野武 出演:ビートたけし、江森徹、岸本加代子、鈴木杏、吉行和子、ほか

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北野武 プロフィール

きたの・たけし
1947年、東京都生まれ。『その男、凶暴につき』(1989年)で監督デビュ。『HANA-BI』(1998年)でベネチア国際映画祭・金獅子賞、『座頭市』(2003年)で同映画祭・監督賞、『TAKESHIS’』(2005年)でイタリアの第10回ガリレオ2000賞・文化特別賞を受賞。
2007年のベネチア国際映画祭では『監督・ばんざい!賞』が新設され、第1回目の受賞者となる。14作目となる『アキレスと亀』では監督・脚本・編集に加え、挿入画も自身で描いている。
ほか、監督作に『アウトレイジ』(2010年)、『龍三と七人の子分たち』(2015年)など。

轟

以上、ブロス2008年9月13日号掲載記事を再録です!

館理人
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