動画配信サービスでクリント・イーストウッド監督作を探すのは、わりと簡単。人気ですからね。
ならば！
観たことある！って作品も、もう一度観たくなる、スローモーションに注目した評論を復刻です！
技法から見るイーストウッドの傑作
『アメリカン・スナイパー』
「マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」
評論、はじまってます！
クリント・イーストウッドが監督した『アメリカン・スナイパー』（2014年）、観終わって寺山修司のかの有名な短歌を思い起こさせる映画であった。
実話を映画化した『アメリカン・スナイパー』は、戦争映画としての興行記録を塗り替え大ヒットしました。
英雄と称えられた狙撃兵クリス・カイル（ブラッドリー・クーパー）の生涯を通して、国と個人と戦争の関係を改めて描いたイーストウッドの意図は明白だ。
巷にはすでに様々な論が出揃っているはずなので、本稿ではひとつのシーンにこだわってみたい。終盤に置かれたクリス・カイルとシリア人狙撃手ムスタファ（サミー・シーク）との一騎打ちの場面である。イーストウッドは大詰めで、両者の一連の動作をハイスピードカメラで撮影し、手際の良い編集で繋いでみせた。
がしかし正直、（ここだけは）違和感があった。全体の意味内容から考えると「どうも浮いてるぞ」と思ったのだ。
『インビクタス／負けざる者たち』
振り返ればイーストウッドは再三「ここぞ！」というシーンでスローモーションを好んで使ってきた。例えば、『インビクタス／負けざる者たち』（2009年）のラグビーW杯の決勝戦。
南アフリカ代表ラグビーチームの実話を描いた『インビクタス／負けざる者たち」では、マット・デイモンが代表キャプテンのラガーマンに！
ひとつひとつのプレーや満員のスタジアムの反応を劇的に液状化させ、文字どおり“融合”の主題を表現した。
『ヒア アフター』
『ヒア アフター』（2010年）では大津波に飲みこまれた女性ジャーナリスト（セシル・ドゥ・フランス）の臨死体験、感覚の変容状態を示そうと、この手法を用いた。
『ヒア アフター』もマット・デイモン主演、霊能者役です。
『ミリオンダラー・ベイビー』
また『ミリオンダラー・ベイビー』（2004年）ではリング上の主人公（ヒラリー・スワンク）が背後から殴打され、倒れて椅子に頭を打ちつけるシークエンスにて。これなんて、わざとらしさも覚えるのだが、どうしても強調（転調）したかったのだろう。
イーストウッドは通俗性を恐れない。ベタを本気でやってのけるのだった。
『ミリオンダラー・ベイビー』ではアカデミー賞作品賞、監督賞を受賞。ボクサー役のヒラリー・スワンクは主演女優賞、モーガン・フリーマンは主演男優賞！
『マディソン郡の橋』
『マディソン郡の橋』（1995年）のラスト近くの視線劇もそう。
土砂降りの雨に濡れながら立ち尽くす（イーストウッド扮する）男。向かいには車内から彼を見つめるヒロイン（メリル・ストリープ）の姿が。
『マディソン郡の橋』はベストセラー恋愛小説の映画化でした。
『バード』
もっと古くは『バード』（1988年）で反復されたイメージショットだ。
『バード』では、名アルトサックスプレーヤー、チャーリー・パーカーの生涯が描かれてます。
ドラマーに放り投げられ宙を横切り、地面へと落ちるシンバル。それは若きチャーリー・パーカー（フォレスト・ウィテカー）が味わって以来引きずっている、屈辱的なトラウマ映像であった。
探せばもっとあると思う。ことほど左様にスローモーションを、イーストウッドは特に強調したいシーンで選択してきた。
傑作にスローモーションあり！
『アメリカン・スナイパー』に話を戻せば、“もうひとりのクリス・カイル”ともいうべき狙撃手ムスタファとの、最後の対決シーンになったわけだ。
感じた違和とはムスタファめがけて飛んでいく弾丸までスローモーションになること。つまり活劇性よりも過剰な方向付け、弾の行方の先に込められた敵意を観る者に否応なく意識させるがゆえに。
いつものごとく、感覚が変容した対象への同化を試みた結果の勇み足。だが、あのスローモーションが「軍人クリス・カイル」としての絶頂で、“内なる戦争”へと転調してゆく導入剤になっていたのも確か。
帰国しても無数にいる（PTSDに苦しむ）彼の分身たち。星条旗の舞う哀悼の儀。そうして再び転調して時間を引き延ばしてみせ、イーストウッドは究極のベタ、俺流の黙祷をひとり実行するのだった。
キネマ旬報2015年4月上旬号掲載記事を改訂！
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