読む映画リバイバル『恋愛小説家』

(1998年6月上旬号より)

 厭世家にして毒舌家。しかも強迫神経症の上に極度の潔癖性。人付き合いという面で考えれば三重苦、いや、四重苦を抱えたキャラクターではある。しかしJ・ニコルソン扮するこの男は熟年の恋愛小説家。著書は60冊以上を数え、固定ファンも多く、功を遂げ名を成したヒトカドの人物らしい。現実世界では他人との没交渉を決めこんでいるが、いざ小説の中では優しく人間を見つめ、恋愛模様の機微とやらを書きあげているわけだ。

 そこで気になるのは一体、彼がどのような小説を書いているのか、ということである。

 パソコンへと向かう作家はひとり悦に入り、男と女の情景を綴ってゆく。ひたすら婉曲に、そして言葉の枠を尽くして形容を積み重ね“愛の本質”とやらを叙述してゆく。ただし「アイ・ラブ・ユー」の一語は決して使わずに。

 文はヒトなり――。

 つまり「アイ・ラブ・ユー」という恋愛の常套句を使うことなく、胸の想いを表現してみせようとするスタイル。単に小説を書くときの技巧にとどまらず、実人生においても。だから作家は行きつけのレストランの中年ウェイトレス(ヘレン・ハント)に恋しても、その一語を頑なに差し出そうとしないのだ。ひたすら婉曲に、言葉の枠(それは屈折して悪罵になってしまう!)を尽くして形容を積み重ね、己の恋愛小説を叙述してゆくのである。ま、裏を返せば「アイ・ラブ・ユー」と言えぬ男の悲劇ともいえるのだが。ヒロインが、こうコボすのも無理はない。

 「どうしてもっと素直な気持ちになれないのかなあ……」

 が、繰り返すまでもなく彼は厭世家にして毒舌家。熟年作家としての意地と、同時に初恋に動揺する子供のようなメンタリティに邪魔されて、二重の意味で例の一語が言えない。結局のところプロポーズめいた言葉といえば……さてこれが「アイ・ラヴ・ユー」よりずーっと心に染みるセリフだった。恋愛映画の常套句から遠ざかって、いかに胸の想いを表現してみせるか。全編を通じて感じるのは、職人監督J・L・ブルックスのそのような矜持でもあるのだ。

[キネマ旬報掲載]
●監督:ジェームズ・L・ブルックス●出演:ジャック・ニコルソン、ヘレン・ハント、他●1997年●アメリカ