『ロッキー』とは違う、アメリカンドリームの行方。己の信念を曲げざるを得ず苦い勝利を味わう『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』

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Photo by Zbynek Burival on Unsplash
館理人
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『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』は監督J・C・チャンダー、出演オスカー・アイザック、ジェシカ・チャステイン、他。2014年の映画です。

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オイルビジネスで勝負に出た男が、やがて全てを失っていく様子が描かれます。

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詳しくはレビューをどうぞ!

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黒い血を、止血するアメリカン・ドリーマー

 早朝、上下スウェット姿の男がニット帽をかぶり、ランニングをしている。まるで『ロッキー』(1976年)の有名な一場面のように。

館理人
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シルベスタ・スタローン扮する無名のボクサーが、大人の事情で対戦することになった相手、史上最強の世界チャンピオンに向かうため、トレーニングに励むシーンのことですね。高揚感がメッチャ高まる名シーンです!

 だが、バックに流れているのは当然ながら、ビル・コンティのあの威勢のいいテーマ曲ではない。マーヴィン・ゲイが1971年に発表した貧しき者たちの心の叫び――「インナーシティ・ブルース」の哀切な歌詞とメロディだ。

 こうして始まる『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』は、「あれれ、時代設定はいつ?」という疑問を観る者にたちどころに喚起させる。

 監督のJ・C・チャンダーがオリジナル脚本も手掛けた本作は、原題(A MOST VIOLENT YEAR)に示されているとおり、“最も物騒だった1981年”のニューヨークが舞台。

館理人
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J・C・チャンダー監督映画は近作に『トリプル・フロンティア』があります。Netflixでのみ配信の作品となります。

Netflix配信ページより

大金強奪計画からサバイバルバトルへ突入のサスペンスアクション。ベン・アフレック、オスカー・アイザック出演。

 その5年前、“建国200年イヤー”に公開された『ロッキー』は、負け犬同然だったイタリア系移民のボクサーが無謀にもチャンピオンに挑み、試合には負けるが自分に勝ち、一矢報いる物語として広く記憶されている。

 もっと言えばそれは、「アメリカン・ドリームの再生」を意味していた。

 対して、この映画の主人公、オスカー・アイザック扮するヒスパニック系移民のアベルはチャレンジの末、アメリカン・ドリームに近づくものの己の信念は曲げざるを得ず、苦い勝利を味わうことになる。

 『ロッキー』という作品は、いわゆるアメリカン・ニューシネマのリアリスティックなスタイルを継承しつつ、ベクトル的にはそこから大きく脱却し、期せずしてムーブメントの末尾を飾った。

館理人
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『ロッキー』は興行的大成功からシリーズとなり、全6作となりました。

『ロッキー2』、『ロッキー3』、『ロッキー4/炎の友情』、『ロッキー5/最後のドラマ』、『ロッキー・ザ・ファイナル』!

『クリード チャンプを継ぐ男』はさらに続編で7作目ではありますが、スピンオフ的な作品となります。

 つまり、来るべき80年代のマッチョな(肉体派)ヒーローの時代を用意する発射台となったのだ。

 そんな時代の端緒を走ってみせる若き実業家のアベルは、マッチョではないがタフで、高潔な男だ。ドゥ・ザ・ライト・シング。行動原理はこれである。

 しかし、そもそもが構造的にアメリカン・ドリームとは、“キレイな手”のまま摑めるものではなかった。実際のところ、共同事業者である妻(ジェシカ・チャステイン、好演!)の裏仕事に支えられている。

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ジェシカ・チャステインはCIA分析官を演じた『ゼロ・ダーク・サーティ』でアカデミー賞主演女優賞を受賞しています。

 彼女はギャングの家系なのだが、『ゴッドファーザー』(1972年)でマフィアの地盤の後継を余儀なくされる三男坊マイケルの修羅の道が、アベルにも待っていることは想像に難くない(マイケル役のアル・パチーノに、オスカー・アイザックのルックスが似ているのは偶然か?)。

 また、「1981年」とは、ロナルド・レーガンが大統領に就任した年でもある。アベルが決定的判断を下すとき、ラジオのニュースでレーガンの経済政策、“レーガノミクス”の発表を耳にする。その行き着く先を、われわれは知っている。同じく修羅の道へ。

 J・C・チャンダー監督は、(さながらシドニー・ルメットばりの)冷徹な目で、ひとりのアメリカン・ヒーローの実像を描きだしていく。

館理人
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シドイー・ルメットは『狼たちの午後』(アル・パチーノ主演)などの監督。

『狼たちの午後』の他、『十二人の怒れる男』『ネットワーク』『評決』の計4回、アカデミー賞監督賞を受けており、2005年にアカデミー名誉賞を受賞した巨匠。

 とりわけ印象的なシーンが終盤にある。主人公の成功の裏で、自害してしまう男。彼の分身ともいえる従業員だ。頭を貫通した弾が巨大オイルタンクに当たり、“黒い血”が流れだす。アべルは傷口にハンカチをつっこみ、“止血”する。とりあえずの応急処置。残るはビターな後味。精神風土は当時も今も「1971年」のまま。

 本作は、インナーシティで生きる人々のブルーズなのであった。

轟

キネマ旬報2015年11月上旬号掲載記事を改訂!