元祖セクシーコメディ、奇天烈ハレンチな映画とドラマ「ハレンチ学園」とは?

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館理人
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「ハレンチ学園」とは、永井豪のギャグ漫画(1968年〜72年)で、これを原作とした映画シリーズとテレビドラマ。

館理人
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タイトルが「ハレンチ」とはいえ、そこは昭和。当時の時代感も一緒におおらかに楽しみたいです! ってことで、そのあたりもまるっと解説です。

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「ハレンチ学園」の世界!

原作は永井豪のギャグマンガ

 コント55号の「55」って、“コメディアンの王”をめざすべく萩本欽一が、王貞治選手の当時のホームラン記録本数から命名したらしいよ。知ってた?

 とまあ、どうでもいい雑学から書き出してみたのだが、不条理ナンセンスの極致だったコント55号が大ブレークした1968年、かたや、子供たちにスカートめくりを流行らせ、PTAや教育委員会を激怒させて社会現象となったギャグマンガの連載が「週刊少年ジャンプ」で始まった。永井豪の「ハレンチ学園」である。

 聖ハレンチ学園なる中学校を舞台に、生徒と教師が、コント55号さながらのドタバタを繰り広げ、やがてそれが“戦争”にまで発展してしまうという革命的作品。

 その背景には、造反有理、巷で吹き荒れていた学園紛争の影響もあっただろうが、時、江戸文化爛熟期になぞらえて“昭和元禄”と呼ばれていた頃。右肩上がりの高度経済成長は国民総生産世界第2位を記録し、世の中がそんな風にちょいと浮かれ気分になっていてもオカシクはなかった。

時代はスカートめくり全盛期

 このマンガ「ハレンチ学園」が映画やTVドラマになるのは2年後の1970年のことだが、そこに辿りつくまでに世の中はいっそう“元禄”ぶりを進行させた。

 一体どれほど狂っていたのか、例えばテレビの世界を覗いてみると――

 1969年、「丸善ガソリン100ダッシュ」というCMが人気を呼んだ(のちに菊川怜がリメイクしてましたね)。タレントの小川ローザがジャンプし、ミニスカートがパアッと広がるとパンティーまる見えで「OH!モーレツ」の決め言葉。公共の電波によるスカートめくりだ!

 年末には「コント55号の裏番組をブッ飛ばせ!」が生放送された。コント55号の欽ちゃんと二郎さんが女性タレントと“野球拳”をし、ジャンケンで負けると服を1枚ずつ脱いでいき、会場でセリにかけられていったのだ。

 それから、箱の中に手を入れ、女性タレントがその中身を触れなかったり当てられないと罰としてスカートの裾をハサミで切られ、ゴーゴーを踊らされる「スターびっくり箱」。

 チャーリーズ・エンジェル系お色気アクション (パンチラキック!)の元祖、ドラマ「プレイガール」もこの年にスタートした。

 まったく世は、破廉恥=ハレンチ (恥知らず)の極みだったのだ。最高視聴率28.4%!

映画版がシリーズ化

 そんな流れを受けて、まず1970年に映画化されたのが『ハレンチ学園』。

 しかし製作の日活は当時経済的にはジリ貧。そこで競って“死に体”だった大映と手を組んで、それぞれの封切り新作を共同配給する“ダイニチ映配”を設立し、『ハレンチ学園』シリーズとして『身体検査の巻』『タックル・キスの巻』を矢継ぎ早に送り出した。

 柳生一族の子孫であるヒロインを演じたのは児島美ゆき(番組では本人の了承を得ぬまま“みゆき”表記に)。パンチラ&下着姿もいとわず、青(性)少年たちを驚喜させた(ちなみに1971年のシリーズ最終作『新ハレンチ学園』のヒロインは、児島と同じく東映児童研修所出身の渡辺やよい)。

 さらに余談だが、のちの1985年、やはり青(性)少年たちを釘付けにしたTVドラマ「毎度おさがわせします」では中学生の子供を持つ母親役に。いやはや、時の流れを感じさせたものだ。

現テレ東のドラマ化は批判殺到、視聴率ランキング1位!

 さて、引き続いてその児島美ゆきをヒロインに起用し、日活の誘いに応じてTVドラマ版に着手したのが東京12チャンネル(現・テレビ東京)。世の良識派からの批判は当然予想されたが、すでに放映していた「プレイガール」で経験済み。

 フタをあけてみれば1970年秋の新番組、第1週の視聴率ランキングはこうだった。

1位「ハレンチ学園」(25.2%)
2位「水戸黄門」(24.1%)
3位「おくさまは18歳」(23.8%)
4位「キックの鬼」(19.9%)
5位「いなかっぺ大将」(19.8%)

 そして、まるで“昭和元禄”の総仕上げのように、最高視聴率は28.4%にまでも達した。

館理人
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この時の水戸黄門は東野英治郎が演じていました!

館理人
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いなかっぺ大将の声は野沢雅子!

スタッフ・キャスト

 ハレンチ教師軍団一の名物キャラ、ヒゲ面でトラ皮のワンピース、鬼の金棒を手にオネエ言葉を喋るヒゲゴジラに扮していたのは、大辻伺郎(映画版では藤村俊二、高松しげお、牧伸二)。

 大映出身で、市川崑や増村保造作品のバイプレイヤーとして知られていた彼の、35才のときの怪演である(役に凝るとエスカレートし、行方不明になる奇行があり、借財の報道も。1973年に自殺した…)。

 監督は日活出身、映画版と同じく丹野雄二 (2001年1月26日逝去)。「山ねずみロッキーチャック」の構成や、「まんが世界昔ばなし」「まんがはじめて物語」などのTVプロデュースとしても知られる。

 ならば「ハレンチ学園」の実写とマンガ (オープニング&エンディング)を合わせたスタイルは、丹野監督ならでは、とも言えるのだが、1969年より始まっていた視覚的ギャグバラエティ「巨泉・前武のゲバゲバ90分」の影響もあるかも。

 コントとギャグとアニメの洪水、脈絡もなくヒッピー姿のハナ肇が“アッと驚く為五郎”とキャッチフレーズを叫ぶ「ゲバゲバ90分」と実写版「ハレンチ学園」は、“昭和元禄”の狂い咲きで近しいものがあった。

 何より、宍戸錠、小松方正、藤村俊二、常田富士男、左卜全、大辻伺郎などキャストも微妙にかぶっているのだ。

主題歌「ハレンチ学園ソング」

 最後に。映画とTVドラマ版、監修をどちらも担当しているのが“カバゴン”の愛称で親しまれていた教育評論家の阿部進(予告編では毎回次作を紹介)。

 当時、独自の用語を作り、大らかな性教育を説いていたのだが、「精子=アポロの子、卵巣=アポロの宝庫、陰茎=アポロの塔、膣=アポロの門」はいいとして、「肛門=プーさん」っていうのこれだけ何だよ! 言いたいことは分かるけどさ。

 ま、そんな小っちゃいこと、どんな悩みも、作詞・永井豪、作曲・山本直純による素晴らしすぎる主題歌「ハレンチ学園ソング」を聴けば、たちどころに消えて吹き飛ぶ。「ボインが西むきゃ、ヒップは東ぃ〜」ときたもんだ。以上!!

(轟夕起夫)

轟

ワンダーマガジンDVD2003年春号掲載記事を改訂!