読む映画リバイバイル『善き人のためのソナタ』

冷徹な旧東ドイツの“犬”=主人公を通じて、東西冷戦下の“大きな闇”を覗いてみては?

(2009年7月31日号より)

 人は、カベに穴が開いていればつい覗きたくなるもの。他人の“さま”が気になるのは、本能だからである。ではもし、その本能を国家が政治的に利用しつくしたとしたら——『善き人のためのソナタ』の舞台背景は、そういう世界だ。

 1984年、東西冷戦下のベルリン。悪名高き旧東ドイツの国家保安省は訊問や監視を通じて、危険分子を見つけだし、そればかりか一般市民のあいだでも、家族や友人のことを密告する“公式協力者”が日々生み出されていた。

 主人公は国家保安省局員のヴィスラー。冷徹で、何の疑いもなく政府に忠実な“犬”。反体制的な劇作家と舞台女優のカップルの部屋に盗聴器を仕掛けて、四六時中監視している。ヴィスラー役のウルリッヒ・ミューエは東ドイツ出身の名優で、自身、国家保安省に監視された過去を持つ。内戦状態になれば、政治犯収容所に送られることは必至だった。そして彼を密告していたのは友人である劇団員と妻(!)。そんなミューエルが、逆の立場を演じている凄み。

 未見の方は信じられないだろうが、この辛気臭そうな話があれよあれよとサスペンスを湛え、ラストにはズシンと感動さえもたらす。これは若きドナースマルク監督の剛腕の成果だ。例えば名作曲家ガブリエル・ヤレドに依頼した際の言葉。「ヒトラーと2分間会える時間があるとして、(略)そんな時にあなたが彼に聴かせる曲は?」。その曲が劇中、盗聴野郎と作品のベクトルを変えてしまうのだ。映画もまたひとつの“穴”。ほら、覗きたくなってきたでしょ?

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盗聴器から聞こえてきたのは、自由な思想、愛の言葉、美しいソナタ……ヴェルナー・ヘルツォーク監督も「ドイツ映画史上、最も素晴らしい作品である」とコメントした本年度アカデミー賞外国語映画賞受賞作。33才の俊英ドナースマルク監督は、4年間膨大なリサーチをかけ、旧東ドイツの暗部を調査したそう。

[週刊SPA!掲載]
●監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク●出演:ウルリッヒ・ミューエ、他●2006年●ドイツ