読む映画リバイバル『敬愛なるベートーヴェン』

傲慢で粗野でお下劣、でも楽聖……。浮かび上がるベートーヴェン

(2007年11月13日号より)

 こりゃまた大胆なアイディアを採用したものである。孤高の天才音楽家べートーヴェン(名優エド・ハリス)の晩年に突如登場した若き女性。その名はアンナ(扮するダイアン・クルーガーがエロい!)。彼女はコピスト(写譜師)として雇われる。折しも、かの交響曲「第九」の初演を4日後に控えてべートーヴェンは、最終楽章の合唱パートをこしらえようと、必死になっている。

 冒頭に“大胆なアイディア”と記したが、実はアンナとは架空のキャラクターである。となると「全てはフィクションかよ!」と怒りだす人もいるかもしれないが、ちょっと待て。幾何学の問題を解くときに、新たに直線、または円を描くことがある。それを“補助線”というが、まさにアンナとは補助線的なキャラ。つまり本作は、傲慢で粗野でお下劣な、しかし楽聖と呼ばれたべートーヴェンという複雑な人物を幾何学のように扱い、その図象をアンナを通して浮かび上がらせようとするのだ。

 例えば、約12分間にわたる素晴らしい「第九」初演シーン。耳の不自由なべートーヴェンがオーケストラを指揮しようとする。アンナはバイオリン席に座り、そこから指示を送る。指揮者を指揮するというフシギな展開。アンナと音で交わり結ばれ、到達する「歓喜の歌」はSEXのようで、この曲の秘密の一端が見える。

 アンナは、べートーヴェンの周辺にいた女性数人からヒントを得て作られたという。ラスト、“補助線”が消えたとき、心に残るのは数々の名曲。べートーヴェンという幾何学は、目と耳を悦ばせるミステリーなのだ。

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べートーヴェンの晩年の生涯、その史実に基づきながら、3人いたとされる彼の写譜師のうち、いまなお謎とされる“第3の写譜師”を女性にして、イマジネーションをふくらませた物語。べートーヴェン役のエド・ハリスはバイオリンをマスターし、楽譜も完全に読めるようになった。監督は『太陽と月に背いて』の鬼才アニエスカ・ホランド。

[週刊SPA!]
●監督:アニエスカ・ホランド●出演:エド・ハリス、ダイアン・クルーガー、他●2006年●イギリス、ハンガリー