復刻インタビュー【女優・蒼井優】が語る、【女優・原節子】

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館理人
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女優・原節子について、女優・蒼井優がその魅力について語ったインタビューを復刻です。

館理人
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昭和の大女優・原節子さん。小津安二郎の映画の名作『東京物語』に出演しています。この『東京物語』をモチーフに、山田洋次監督が舞台を平成に変えて撮ったのが『東京家族』。原節子さんが演じた役に挑んだのが、蒼井優さんでした。

館理人
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そんな縁があってのインタビュー記事です。
『東京家族』が公開されたのは2013年。原節子さんが亡くなったのが2015年。その訃報を受けインタビューに応じてくださり、記事として雑誌に掲載されたのが2016年2月上旬号でした。

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てことで、原節子さん語り、お楽しみください!

取材・文 轟夕起夫

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原節子

はら せつこ
1920年6月17日〜2015年9月5日
戦前から戦後にかけての女優活動では、その清純なイメージにより「永遠の処女」と呼ばれることも。代表作に『わが青春に悔なし』(1946年・黒澤明監督)、『青い山脈』(1949年・今井正監督)、『めし』(成瀬巳喜男監督・1951年)、『東京物語』(1953年・小津安二郎監督)などがある。 1963年に女優業を引退。

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蒼井優・プロフィール

あおいゆう
1985年生まれ、福岡出身。
映画デビュ作『リリィ・シュシュのすべて』(2001年・岩井俊二監督)の危うい存在感で一躍脚光をあび、『花とアリス』(2004年・岩井俊二監督)で映画人・観客を虜にした。2006年には、『フラガール』(李相日監督)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞など、各映画賞を総なめに。2010年『おとうと』で山田洋次監督作品に初参加。2013年『東京家族』で原節子がで演じた紀子役に。出演はほかに『家族はつらいよ』(山田洋次監督)、『オーバー・フェンス』(2016年・山下敦弘監督)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年・白石和彌監督)、『長いお別れ』(2019年・中野量太監督)、『スパイの妻』(2020年・黒沢清監督)など。

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インタビュー「蒼井優が語る、原節子」

(取材・文 轟夕起夫)

 蒼井優は山田洋次監督の『東京家族』(2013年)に出演したとき、製作報告会の場で「寛大な心で受け止めていただけたなら」とコメントしていた。

 小津安二郎監督のマスターピース、『東京物語』(1953年)をモチーフにしたこの作品で彼女は、原節子が演じた戦争未亡人・紀子にあたる役柄を演じた。

 もちろん、現代的な翻案がされていたのだが、いやがうえにも比較されてしまう責務を負い、それが「寛大な心で受け止めて」という言葉になったわけである。

 そんな希有な体験をした蒼井優に、あらためて原節子について語ってもらった。

蒼井 原さんのイメージはとても聡明ですよね。そして、重心が下にある印象があります。『東京家族』より先に、山田監督の映画には『おとうと』(2010年)に出させていただいたのですが、お芝居をする以前に、まずちゃんと立つことが重要だと教わりました。最近は地球の中心とつながっているように立てる女優さんが少ない、と。それを聞いてから原節子さんを見ると、本当に二本の足で立っている感じがするんですよね。

たしかにわたしは、山田監督の作品に出会うまで、逆に「ふらふらと不安定に立て」と言われながら育ってきたなあって。主に手持ちカメラの前で、日常的な芝居を重視される雰囲気の中で、どうやれば身近に手が届く若者像に見えるかを研究してきたんです。そのメソッドが山田組では全く通用しませんでした。重心を左右に動かしながら演じている限り、ただふらふらと立っている人になってしまい、小津さんの世界にも山田組の住人にも決してなれないんです。ですから『東京家族』で紀子役を演じさせていただきましたが、自分と原節子さんを並べて考えることなんて、したことはなかったんですよね。

カメラにまっすぐ対峙する

 こうも言えると思う。山田監督の演出のもと、オリジナルを十分リスペクトしつつ、彼女なりのアプローチで『東京物語』を咀嚼した結果が、あの『東京家族』の演技になった、と。

蒼井 お話をいただいてすぐに古本屋さんで『東京物語』の写真集を見つけ、買ったんですよね。全ショットが載っていて、その下に逐一、台詞が書いてある本を。どのカットも美しいんですよねえ、原さんは。核にあるものが強いのに柔らかい。わたしはぜんぜん違うタイプの人間ですから(笑)。

 その書籍は、1984年に出版された『小津安二郎 東京物語――リブロ・シネマテーク』(リブロポート刊)。彼女の言うように、全ショット(映像デクパージュ)を採録し、小津組の笠智衆、カメラマンの厚田雄春、音楽の斎藤高順などのインタビュー、関係資料を掲載した貴重な本だ。『東京物語』の紀子の役柄、血のつながっていない人間が一番家族的であった、というパラドックスについては、こう受けとった。

蒼井 家族側の視点に立つと、ちょっと切ないな、淋しなあと思いますが、広い目で見ると、人間の温かさも感じます。あと、戦争で亡くなった紀子の旦那さんが物語全体に微妙に作用していて、これも心に残りました。わたしは、画面上にはいない人が見えてくる作品が好きなんです。

原節子が小津映画で紀子役を担った、いわゆる「紀子三部作」と呼ばれる『晩春』(1949年)、『麥秋』(1951年)、『東京物語』の3本。蒼井優が最初に観たのは10代の半ばであった。

蒼井 わたしは岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)という作品でデビューさせていただいたんですけど、それが中学の3年で、その頃、近所の小さなレンタルビデオ屋さんにある日本映画を全部制覇しようと思いたったんです。小津監督の映画と出会ったのは高1ぐらいのときですかね。当時、どこまで理解していたのか……家族って変わらないようで絶えず変化しているものじゃないですか。親が上、子どもが下にいたのが同列に並んだり、上に立ってしまう瞬間があったり。そういった経験が実際にあってからのほうが断然、小津映画、は身に沁みますから。

 小津監督が繰り返し描いた人生の縮図の中で、原節子はしっかりと二本の足で立ち、また時に、均衡を大きく逸して泣き伏せた。その落差、運動の軌跡が感動的だった。

蒼井 山田組のスタッフさんが教えてくださったんですが、小津監督の映画も山田監督の映画も一種のファンタジーであると。構築された日常のファンタジーの中でいかに存在するかが大事なんですね。台詞も倒置法が多かったりするので、日常と同じ調子で喋ってしまうと一気に崩れてしまうのが小津映画だし、山田監督の作品でも、実はとても不自然なことをやっているんです。特に小津映画はカメラに対して垂直に、まっすぐ対峙するじゃないですか。こないだ先輩の俳優さんに、それをできる人はなかなかいない、という話をされたんです。まだ原さんが亡くなられる前ですが。その話題が出て、すぐにぱっと頭に浮かんだのが原さんでした。わたしはカメラから、物理的に顔を背けがちなんです。どうしても、あまり映りたくはないと思ってしまう駄目さがあるんですよね(笑)。原さんは足しも引きもせず、そのままでいられた人のような気がします。あんなにも怖いショットってないですよ。自分の全てをさらけだしているわけですから。しかもカメラにまっすぐ対して、その魅力が一段と映える。きっと、原さんはご本人が素敵な方だったんでしょうね。そうとしか言いようがないです。すっとした立ち姿と、うつむいたところから目を上げたときの仕草にハッとし、なぜかドキッとさせられる。あの足し引きのない魅力は持って生まれた何かか、人生経験によるものかの、どちらかでしかないと思います。

 そう述べるのが、黒沢清監督の『岸辺の旅』(2015年)で、カメラへの見事な正対を見せた彼女であるから説得力が違う。さて膨大な数があるが、こと若い世代に向けて、原節子の映画でぜひ観てほしい作品は何だろうか。

蒼井 やっぱり『東京家族』をやらせていただいたので、『東京物語』を選んでしまうのかなあ……。でも、どの作品でもいいんです。原さんの眼差しを見たら、たちまち皆さん、好きになってしまうと思いますから。あの目ですよね。それと、二本の足。成瀬巳喜男監督の映画の原さんもいいんですよねえ。『めし』(1951年) が大好きです。最後に、原さんと上原謙さん扮するケンカしていた夫婦が食堂に入ってビールを飲んで話をするところ、良かったなあ! 成瀬映画の原さんは生活感が出ていて、女性の不機嫌な演技が上手くて……口元がまたいいんですよ。かすかに不満げな口元は、小津映画では見られない魅力ですね。

ほかにも黒澤明監督の『わが青春に悔なし』(1946年)、『白痴』(1951年)や木下惠介監督の『お嬢さん乾杯』(1949年)……そう考えたら錚々たる巨匠、名匠たちに愛されてきた方ですよね。どの監督も夢中になっているのが分かります。「自分こそが一番いい原節子を撮るんだ」みたいなのが、各々の監督さんの中に、“俺にとってのベストな原節子”が、あったんじゃないかなあ。

 ここで再び「東京家族」に戻って――。もしかすると、いや、かなりの確率で原節子は『東京家族』を、蒼井優の演じた紀子、を観ている可能性がある、と思うのだが。そんなふうに告げると、まるで原節子さながらに一瞬うつむいて、ぱっと顔を上げ、静かな声でこう言った。

蒼井 どうか、ご覧になっていないことを祈っています……。

 リスペクトからか、彼女はそう謙遜したが、しかし、原節子が蒼井優の紀子を見つめている姿を想像すると何だか、自分のことではないのにちょっと誇らしくもあるのであった。

轟

キネマ旬報2016年2月上旬号掲載記事を再録!