石立鉄男さんのインタビュー記事を復刻です!
2004年(石立さんが62歳当時)に行ったインタビューの記事となります。ちょうどヤクザ役で出演した映画『ムーンライト・ジェリーフィッシュ』公開時期に行われたものです。
石立ドラマと言われる、あの伝説的大ヒットドラマ群に出演していた頃のお話も伺っています。
その前に!このインタビュー記事本文から溢れつつも、見出しとして掲載となっていた石立語録をまずはご紹介!
「10億以上あったんじゃないの? 稼いだ金は全部使っちゃったよ」
「人に飽きられたときに、地(じ)とは違う芸が生まれ出てくるんだ」
「日本料理と同じで、いかにシンプルに的確に表現できるかだね」
「自分でやりたいことがあって10何年、俺休んでたんだよね」
「将棋を覚えたのは40歳のとき。2年間週一で教わった」
興味深い!!!
では、復刻インタビュー、どうぞ!
石立鉄男・プロフィール
イシダテ・テツオ
(1942年7月31日-2007年6月1日)
神奈川県横須賀市出身。
1961年、俳優座養成所に13期生として入所。
1966年、文学座の座員となる。
1970年、大ヒットテレビドラマ『おくさまは18歳』で頭角を現し、その後『パパと呼ばないで』『水もれ甲介』『雑居時代』などに主演、その人情味あふれるキャラクターで一時代を築き上げた。
映画出演は『血とダイヤモンド 』(福田純監督:宝田明主演:1964年)、『城取り』(舛田利雄監督:石原裕次郎主演:1965年)、『愛の渇き』(蔵原惟繕監督:浅丘ルリ子主演:1967年)、『父子草 』(丸山誠治監督:渥美清主演:1967年)、『そろばんずく』(森田芳光監督:とんねるず主演:1986年)ほか。
遺作は映画『キャプテントキオ』(渡辺一志監督:ウエンツ瑛士主演:2007年)。
石立鉄男・インタビュー
(取材・文 轟夕起夫)
石立 映画の『鉄男』? 知らない。それ、どんな内容なの?
鉄男 in 熱海。
石立 空気がいいし、よく眠れるし、1年半ぐらい前からこっちに来ちゃったんだ。
観光気分で訪ねた熱海。そこに鉄男が降臨。日本映画、そしてテレビドラマ史上の最重要人物。
名前の謎をはじめ、数々の伝説がここに明らかになる!
ヤクザの親分役で義眼に
──映画『ムーンライト・ジェリーフィッシュ』ではヤクザの親分役ですが、撮影中、左目に義眼を入れられたそうで!
石立 うん、ちょうど白内障にかかっちゃって。本当はもっとグリーンぽい義眼がよかったんだけど、なかったんだよね。ずっとサングラスをかけて演じてもよかったんだが、はずしたとき目の色がそうだったら面白いでしょ。ヤクザ=サングラスじゃなくて、サングラスをかけざるを得ない人がヤクザになってるというさ。
──ヤクザ役って、珍しいですよね。
石立 いい人っていうか、庶民の代表みたいなイメージがあるからね。本人はさほどそうは思ってないけど(笑)。
──主演の藤原竜也さんの印象はいかがでした?
睡眠薬からアルコールへの荒療治
石立 若い頃の自分を眺めているみたいだったな。ナイーブで。いや、俺、本当にシャイで繊細で傷つきやすい青年だったんだ。だから25ぐらいまでは、そういう役しか来なかった。それでジレンマに陥って、当時ハイミナールって睡眠薬が流行ってて、飲んで稽場でもフラフラしてた(笑)。そうしたら先輩の杉浦直樹さんが「ナもん飲んでるんなら酒を飲め」って。誰かが叱ってくれるのを待ってたところもあったかなぁ。それで連日飲みに連れていってもらったんだけど、3日目には血を吐いた。急性アルコール中毒で。医者に行ったら「酒の飲めない体質ですね」って。その通りに杉浦さんに言ったら、「そうか、ま、飲め」って(笑)。で、また吐いて。そんなことをしているうちに2週間でボトル1本飲めるようになっちゃった。カラダが参るか、自分の根性が治るか。 杉浦さんの荒治療だったね。
ニール・サイモンの舞台
──杉浦直樹さんとはのちに舞台で『おかしな二人』(1979年、1981年)をやられましたね。石立さんがジャック・レモン、杉浦さんがウォルター・マッソーの役で。
『おかしな二人』は、1965年に初演されたニール・サイモンの戯曲です。これを1968年に映画化し大ヒットとなったのが、ジャック・レモンとウォルター・マッソー主演の『おかしな二人』です。
石立 ニール・サイモンの世界が好きだったんだよな。TVドラマでよくご一緒した脚本家の松木ひろしさんなんか、日本のニール・サイモンでしょ。今後俺が彼の舞台をやるとしたら『サンシャイン・ボーイズ』かな。仲の悪い芸人コンビが歳をとって、TV出演のために再結成する話。
映画化された戯曲『サンシャイン・ボーイズ』(1975年)では、主演がウォルター・マッソー 、ジョージ・バーンズのコンビでした。
──三谷幸喜さんもニール・サイモンが好きですよね。あと石立ドラマも!
石立 あの人もシャイだよね。分かるよ、彼のドラマは面白いって。会ってみたいよ。
──それ、実現させましょう! ところで、石立さんといえば将棋も趣味で。
趣味の将棋
石立 何かのドラマの前に、大風邪で10日間撮影を伸ばしてもらったんですよ。そうしたら薬が効いて3日で治っちゃったのよ。4日目に歩けるようになって。これは神がくれた時間だと思って、前から興味があった囲碁をやってみると何か暗くって(笑)。それで将棋をやったらハマってね、うまくなりたくて、縁あって棋士の大内延介さんと出会い、1日5千円で5時間、大内さんの弟子が教えてくれることになった。家で待ってたら来たのがクリクリの坊主頭の中学生 (笑)。「富岡と申します」「そうですか、先生、ま、どうぞ」って。それが現在の富岡英作8段ですよ。
石立ドラマの劇中ギャグ
──石立ドラマは、松木ひろしさんの脚本と、アドリブの兼ねあいが最高でした。
石立 ものすごく波長があったね。いつしか台本に「あとは鉄っちゃんよろしく」って書いてあったりした。俳優っていうのはワンシーンワンシーン面白く見せることは努力で出来るのね。だけど観終わったあと、「あ〜、良かった」と思わせるのは作家の力なんだよ。やっぱりシチュエーションとストーリーがしっかりしてないと。俺はワンシーンを面白くするために毎週20はギャグを考えた。これについては渥美清さんとも話したことがあったな。渥美さんは「寅さん」で半年に1本、俺は毎週。どんなときも考えて引き出しを作ってた。どのシーンに入れたら面白いかなって、他の人にしてみれば思いつきに見えたかもしれないけど、そうじゃないよって気持ちはあったね。
CM前のカメラ目線
──CMに入る前に、カメラ目線でギャグるのも石立さんのアイデアで?
石立 うん、カメラに向かってやるっていうのはタブーだったんだけど、俺が初めてやったんじゃないかな。ウディ・アレンなんかもやってたかな。あれはね、『イージー・ライダー』(1969年)でサブリミナル効果を使ってたでしょ。一カット、流れと関係ないシーンを唐突に入れたりして。あれをドラマでやったら面白いなと思って。監督に相談して、それでやってみたんだ。
『イージー・ライダー』については、こちらに記事があります。
意識していた俳優
──若い頃意識したアクターというと?
石立 アルバート・フィニー、それからトム・コートネイね。彼の『長距離ランナーの孤独』(1962年)は強烈だった。当時はシリアスな芝居をやってたからライバルにするならこの人だなって。俺、こういう映画がやりたいんだなって思ったよ。
アルバート・フィニーの出演作に映画『オリエント急行殺人事件』のポワロ役などがあります。
映画『ドレッサー』では、アルバート・フィニーとトム・コートネイが共演していますよ。
トレードマークのアフロヘア
──1970年代を境に、髪形が変わったのは、イメージチェンジされたんですか?
石立 それもあるけど、海外を旅して、ものすごく髪の毛伸ばしてアメリカから帰ってきたのよ。ちょうどヒッピーが流行ってた頃で。その直後に出たのが『おくさまは18歳』。そうしたら全国から「そんな髪の毛長い教師はいない!」ってすごいクレームが来て。でもアイドル歌手の登場でそれが世間でも当たり前になって、同じじゃイヤだと思って、ならばチリチリにしてやれぇとアフロヘアにしたんだ。
──時流に逆らうタイプなんですね(笑)
石立 ちょっと一歩だけ前に行ってね。みんなが始めたらやめちゃうっていうさ。
体制への反抗心
──それは石立さんの根っからの性格ですか?
石立 う〜ん、うちの親父がまたへンな人でね。兄貴が輝男っていうんですよ。昭和15年(1940年)生まれで日本がまだ戦争で調子の良かったとき。俺が生まれたのは昭和17年(1942年)で鉄が必要だった時で(笑)。弟は戦後平和になったから和男。親父、96、7歳でまだ健在だよ。若い時分は赤旗ふって警察に追っかけられてたんだよ。やっぱり石立家の血筋かなあ、体制に反抗するのは(笑)。
石立ドラマ&映画 ピックアップ
ドラマ
『パパと呼ばないで』
1972〜1973年
出演:石立鉄男、杉田かおる、大阪志郎、松尾嘉代、有吉ひとみ、小林文彦、三崎千恵子ほか
日本テレビ=ユニオン映画制作の石立ドラマシリーズ第三弾。しがない会社員の右京が、急死した姉の娘、チー坊こと千春(杉田かおる)を男手ひとつで育て、下宿先の娘(松尾嘉代)と結ばれる。
向田邦子も脚本に参加した人情コメディの最高峰。下宿先のおいちゃん、おばちゃん(大坂志郎、三崎千恵子)同様、毎回視聴者はもらい泣きした!
『雑居時代』
1973〜1974年
出演:石立鉄男、大原麗子、杉田かおる、大阪志郎、ほか
日本テレビ=ユニオン映画制作の石立ドラマシリーズ第四弾。第一弾『おひかえあそばせ』(1971年)の設定を転用したものだが、完成度はこちらのほうが高い。貧乏カメラマンの大場十一(通称ジャック)と、ひょんなことから雑居することになった女系一族との不思議な共同生活を描く。次女のキュートな大原麗子との、ケンカするほど仲がいい的関係は男だったら憧れないヤツはいないはず。
『水もれ甲介』
1974年。
出演:石立鉄男、村地弘美、原田大二郎、森繁久彌、ほか
日本テレビ=ユニオン映画制作の石立ドラマシリーズ第五弾。ドラマーになるため、水道屋の実家を捨てた三ツ森甲介。しかし父の急死で家業を継ぐことになる。兄を許そうとしない弟(原田大二郎)と、実は血のつながりのない妹(村地弘美)との、愛情と葛藤のドラマが展開する。石立さん、劇中歌「さみしいナ」も披露。作曲はこのドラマシリーズの功労者、大野雄二(ルパン三世のテーマ曲もこの人!)。
映画
『君が若者なら』
1970年。
監督:深作欣二
出演:石立鉄男、前田吟、河原崎長一郎、寺田路恵、峰岸隆之介、太地喜和子、ほか
大ヒットした『若者たち』三部作(1967〜1970年)を製作した新星映画社が姉妹編として企画。だが監督が深作欣二なので、カメラをぶん回し、集団就職で都会に出た若者たちの夢の挫折を“肉体のぶつかりあい”で描いて異色作に。
「作さんにはその後も、ヤクザ映画に出てみないかって言われたんだよなあ」(石立鉄男談)
『激動の1750日』
1990年
監督:中島貞夫
出演:中井貴一、中条きよし、岡田茉莉子、萩原健一、有森成美、石立鉄男、中尾彬ほか
日本最大の暴力組織の首領の座をめぐる約5年間にわたる抗争を、中島貞夫監督が描いたオールスター映画。石立さんの役は、淡路、本道組組長・本道高道。叔父貴の関係となり、敵である逃亡中の新巻組幹部の力石竜二(陣内孝則)とともに玉砕。ヤクザ役なら、高島礼子と闘う『極道の妻たち リベンジ』(2000年)も必見。
『ムーンライト・ジェリーフィッシュ』
2004年。
監督:鶴見昴介
出演:藤原竜也、岡本綾、木村了、袴田吉彦、石立鉄男、石橋蓮司、酒井法子、ほか
太陽の下で生きられない難病を抱えるミチオ(木村了)を背負って歩むために、夜の世界を漂う兄セイジ(藤原竜也)。彼は、歌舞伎町にシマを持つ山下組組長(石立鉄男)を支える暴力団組員。どんな状況下でもクールに行動し、いつのまにか極道の世界で一目置かれる存在になっていた。
明日は所詮、今日の続き。そんなふうにうそぶいていた彼の前に、希望の光を注ぐ、太陽のように笑うケイコ(岡本綾)が現れる。本作の脚本を書き、初監督を手がけたのはPVの演出で腕を磨き、原作本まで発表した鶴見昴介。「組長役は石立さんに!」とじきじきにオファーをした。
ビデオボーイ2004年8月号掲載記事を再録です