監督語り【西村潔】とは?東宝ニューアクションの中核、巧みな音楽遣い!

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Photo by Elijah O’Donnell on Unsplash
館理人
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1960年代後半から70年代前半にかけて東宝が製作したガンアクションたっぷりのハードボイルド映画群、東宝ニューアクション。その中核となった監督、西村潔についてご紹介です!

プロフィール

1932年9月7日生まれ。
1956年、一橋大学を卒業後、東宝へ入社。
1969年、サスペンスアクション『死ぬにはまだ早い』で初監督。
東宝ニューアクションと呼ばれるようになるハードボイルドを手掛け、東宝退職後はフリーとして、テレビドラマを多く手がけるようになる。
1993年11月17日(61歳)没。

館理人
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晩年の盗撮スキャンダル、海での自死報道については触れません。どんな映画作りをした監督だったのかを紹介したレビューとなります!

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只ならぬ音楽で独特の世界観を構築

(轟夕起夫)

 1960年代後半から70年代前半にかけて狂い咲きした「東宝ニューアクション」の先駆作といえば、須川栄三監督のピカレスク・ロマン『野獣死すべし』 (1959年、仲代達矢主演)。

 その中で闇カジノの用心棒のひとり、“はじきの安”として顔を出していたのが後に「東宝ニューアクション」の中核となる西村潔であった。西村は助監督時代から仲の良かった山田順彦プロデューサーのもと、『死ぬにはまだ早い』 (1969年)で鮮烈に監督デビュー。

 不倫カップル(高橋幸治&緑魔子)が立ち寄ったドライブインを舞台に、黒沢年男(現・年雄)扮する殺人犯がそこで起こす籠城事件をシャープに描写し、一躍頭角をあらわした。

 この『死ぬにはまだ早い』ではいわゆる劇伴は使わず、カーラジオ、ジュークボックスから流れる流行歌(森進一「花と蝶」やザ・ゴールデン・カップス「クールな恋」等々)で特異なシチュエーションを演出。

 いきなり只ならぬ音楽遣いであることを示した西村潔だが、彼はジャズが最も好きだった。引き続き新スター・黒沢を押し出した第2作目『白昼の襲撃』(1970年)は、日野皓正クインテットの名曲「スネイク・ヒップ」をフィーチャー。

 脚本は白坂依志夫で、一丁の銃を手にし暴走してゆく若者たち、元学生運動家のインテリやくざ(岸田森)らを登場させ、混迷する時代の相を切り取った。

 さて、忘れてはならぬ「東宝ニューアクション」の雄、加山雄三には堀川弘通監督の『狙撃』(1968年)、森谷司郎監督の『弾痕』 (1969年)といったハードボイルド路線があり、西村監督と組んだ『豹は走った』(1970年)もそこに並んでいる。

 某国の亡命大統領を狙う凄腕スナイパーに田宮二郎、加山は警部の身分を捨て、それを阻止せんと密命を帯びた男を演じ、プロフェッショナルな男同士の決闘はアクション映画史に残るものとなった。

 ジャズピアニスト・佐藤允彦、さらには宮間利之とニューハードの音楽も素晴らしく、西村潔と日本ジャズ界の鬼才たちとのコラボレーションは以後も続いていく。

館理人
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佐藤允彦が音楽を担当した映画に、降旗康男監督、高倉健主演の『夜叉』(1985年)など。

館理人
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「宮間利之とニューハード」は、アルトサックス奏者・宮間利之率いるビッグバンド。宮間利之の没後(2016年)は「宮間利之ニューハード」と改称して活動しています!

 1971年、夏木陽介主演、実写版ルパン三世のごときアクションコメディ『凄い奴ら』で肩の力を抜いたあと、翌1972年には『ヘアピン・サーカス』『薔薇の標的』の二本立てを担当。前者は夜の公道をマツダサバンナRX-3とトヨタ2000GTが疾走、チェイスしながら2台の名車が男と女のように絡み合う壮絶なクライマックスが語り草だ。

 主演は人気レーサーの見崎清志。音楽はジャズピアニスト・菊池雅章率いる豪華セクステット。かたや後者は白坂依志夫と桂千穂の師弟コンビによる脚本で、モミアゲを伸ばしたワイルドな加山雄三が、ネオナチ集団“第四帝国”極東支部を統括する岡田英次、手下役のトビー門口らと対決する。音楽はヴィヴァルディの「四季」。

 香港女優チェン・チェンが扮したヒロインは、当初『冒険者たち』のジョアンナ・シムカスを予定していたそう! 完成作への桂先生の評価は厳しいが、言い知れぬ魅力を湛えた怪作である。

 風向きが変わったのは1973年だ。正月映画に予定されていたバッドエンドな『夕映えに明日は消えた』が実力者・藤本眞澄プロデューサーの癇に触れ、結果、お蔵入りになってしまったのだ。

 これは笹沢佐保原作に縁の深い中村敦夫、原田芳雄が競演した時代劇だったが、きっと「東宝ニューアクション」の新機軸を見せてくれていたであろう(音楽は再び佐藤允彦)。

 西村潔は須川栄三監督の『野獣死すべし 復讐のメカニック』(1974年)の殺し屋役の中に混ざり、「東宝ニューアクション」の挽歌に参加した。

 そして一橋大学時代の同級生、石原慎太郎の凡庸な原作を見事な青春活劇にした『青年の樹』(1977年)で気を吐き、1979年の『黄金のパートナー』では、南太平洋に沈んだ金塊を追う3人組(三浦友和、藤竜也、紺野美沙子)を主人公に、『冒険者たち』リスペクトな快作を放った。

 音楽は高中正義、来生たかお。山田順彦プロデューサーによれば絶対にヒットすると確信し、メキシコを舞台にした続篇の準備もしていたという……が、以降彼は TVドラマに活動の場を移さざるを得なくなった。

 それでも『大追跡』『探偵物語』『西部警察』『プロハンター』『あぶない刑事』などで「東宝ニューアクション」を彷彿とさせる、記憶に残るエピソードを量産した。

 なお、加山雄三と藤竜也がレギュラー出演した『大追跡』の第17話、蟹江敬三と岸田森ゲストの『殺し屋』を、西村監督は自作のベスト5に挙げている。

轟

映画秘宝2011年5月号掲載記事を改訂!