『すれ違いのダイアリーズ』は、タイの水上学校が舞台。新米教師の青年が、前任教師の女性が残した日記を読んで、会ったこともない彼女に恋をする物語です。
他のタイ映画情報も少々!レビューをどうぞ。
映画特有の距離と接近のドラマを見事に描くタイ作品
2016年の春は例年にも増して公開が多い「タイ映画」に注目が集まった――と、いかにもな書き出しでお送りしておりますが、これ、本当のことでありまして!
先鋒、『光りの墓』はアピチャッポン・ウィーラセータクン監督作で、眠り病をフックにした極上の、カンヌ国際映画祭で最高賞(パルムドール)を得たあの『ブンミおじさんの森』と双璧の時空間、魅惑の “夢うつつ”が息づいています。
DVDには、『光りの墓』と、反復するエピソードと美しい映像が展開する『世紀の光』の2本が収録されています。
死期を悟ったブンミおじさんの体験を通し、輪廻転成の死生観を描いていきます。
それから『アタック・ナンバーハーフ デラックス』が。LGBTのバレーボールチームの奮闘を描き、タイ映画の歴代興収2位を記録したこともある人気シリーズがニューバージョンで帰ってくる!!
そして、これ、『すれ違いのダイアリーズ』。
日常にちょっと手を加え、時間軸をズラして映画でしか描けない関係性を鮮やかに成立させ、魅せる。
つまりは「会ったこともない相手とも、人は果たして恋に落ちるのか?」というテーマを巧みなストーリーラインで運んでみせているのだ。
主要舞台となるのは、四方を山と河に囲まれた水上学校。まずこの基本設定とロケーションがよい。
水道も電気もなく、携帯電話もつながらない、そんな隔絶された場に赴任した新米教師が、前任の女性が残していた日記を読み、心の支えにし、次第に会ったことのない彼女への想いを募らせる。
絵空事のようで、水上学校の存在も、はたまた1冊の日記帳が結びつけた不思議な縁の物語も、実話であるそう。
というわけで、二人はいつかは直接、出会う運命にあることは自明なのだが、映画の場合、そのプロセスの工夫と描写こそが大事。
手練手管で本作の“距離と接近のドラマ”を視覚化したのは、タイ映画の革新を進めた一本、日本でも2005年に公開された『フェーンチャン ぼくの恋人』の共同監督のひとり、ニティワット・タラトーンである。
彼の演出は実に明晰。ナラティブに徹していて“上品”と言ってもよい。時には瞠目すべき1シーン1カットの長回しも駆使しているのだが、まったく奇を衒っては見えない。きっとカメラアイが登場人物に寄り添っているからだろう。
ところで、タイでも日本のアニメは人気で、タラトーン監督も多大な影響を受けており、 “あだち充”ファンを自認している。
たしかに、本作の叙情性の何割かは“あだち充”成分だが、もちろんそれだけでなく、好きな映画としてビル・フォーサイス監督の『ローカル・ヒーロー/夢に生きた男』を挙げていて、趣味の良さは証明されたも同じ。
『ローカル・ヒーロー/夢に生きた男』は、土地買収に田舎にやってきた石油会社の男と、土地の人間たちとの交流を描きます。
ボンクラだが誠実な青年役のスクリット・ウィセートケーオは、別名“ビー・ザ・スター”という。
タイの国民的人気番組「The Star」のオーディションを勝ち抜き、今では人気歌手にしてスーパースターに。そのオーラを(適度に)消し、タラトーン監督は子どもたちとの交流劇に溶け込ませている。
とりわけ水上学校が“汽車”に変わるシーンの素晴らしさよ!
映画の定石を選んでいるようで、ひとつひとつ、こちらの予想の斜め上をいくのが心地良い。
ケトル2016年4月号掲載記事を改訂!