コミックレビュー『水色の部屋』微細な描写に溢れる詩情

館理人
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コミックレビュー!

館理人
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2014〜2015年、太田出版刊。「このマンガがすごい!」で第一位獲得のコミックです。

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相手に否応なく、過剰な感情や行動を起こさせてしまう主人公の存在感

Photo by Yuriy Kovalev on Unsplash

 先程まで、中学生の息子の卒業式に出ていた。もうどこか、遠くに置き忘れてしまった懐かしき世界。それが、青い匂いと共に蘇ってきて鼻の奥がツーンとし、最後、なかには涙ぐんでいるコもいたので思わずもらい泣きをしそうになった。

 のだが、その青い匂いは邪悪な妄想も呼び込んで、結局泣けなかった。きっと前日に、ゴトウユキコの新作コミック『水色の部屋』の上巻を読んだからだ。そうに違いない!

 主人公は高校生、線の細いメガネ男子の正文である。彼は32歳の母親、沙帆(サホ)と暮らしている。父親はいない。

 年齢を超越してロリ可愛く肉感的なサホは、「そそる女」として登場する。相手に否応なく、過剰な感情や行動を起こさせてしまう、そんな存在。

 正文はサホに屈折した愛情を抱いている。幼少時に、襖の隙間から覗いてしまったのだ、母親が男の前で“女の顔”……淫らな姿を見せるのを。

 いや、「淫ら」と決めつけるのはいけないか。男に暴力的に責め立てられているようなのだから。なんにせよ、この出来事が正文にはひとつのオブセッションとなっているのは確か。

 さらに、正文の幼なじみで高校の同級生・三吉京子と、クラスメイトの河野洋平がストーリーに深く絡んでくる。というか河野は、正文、サホ、三吉京子のことをめちゃくちゃにする“ジョーカー”、唾棄すべきヒールなのだが、3人もそれぞれ「堕(お)とされる要因」を持っているので、読んでいて気が滅入る。

 それでも瞬く間に読了してしまったのは、ひとえに作者のゴトウユキコが巧みだから。

 とりわけ、青い匂いを無自覚に日々発散している若者たちが、一線超えた領域へと(いとも簡単に)ダイブしてしまう“さま”の生々しさよ。

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厄介過ぎるリトルモンスターたちの生/性態を淡々と微細に描く

 かつての自分にも、この不穏で禍々しい季節はあった。きっとこれから、中学を卒業した息子も、式典でキレイな涙をこぼしていたコらも、季節風にいざなわれて危険分子となっていくのだろう。

 むろんすでにそうなっている可能性だってある。タイトロープを渡る、厄介過ぎるリトルモンスターたちの生/性態をゴトウは淡々と、しかし視覚的に体温を感じさせるよう、微細に描く。

 センセーショナルな、「母さんがレイプされた」の一文から始まる上巻でいちばん好きなくだりは、「学校でハブられている三吉京子が正文に告白する」シークエンスだ。「なんかね、透明で空気になったみたい!」と、あえて笑顔で京子は言葉を続ける。

 対する正文は、「…透明でもいいんじゃない。俺も学校で透明だから」。するとおどけて、「ねえねえ、ひょっとしてまーちゃんなりに励ましてくれてる? まーちゃんも人を思いやれるようになったんだねえ…うそうそ、ありがとう」のあと、少し憂いのある表情でもう一度、「ありがとう」と京子がつぶやくシーン、これがグッとくるのだ。

 どんなにエロく、はたまた過激で酸鼻な展開になろうとも、ゴトウユキコはその手の中に詩情を握りしめている。『水色の部屋』というタイトルが示すごとく。(実はもう読み終えた!)下巻はそれがさらに、全面開花しているのであった。

轟

ケトル2015年4月号掲載記事を改訂!