読む映画リバイバル『恐怖と欲望』

俺達に、墓などはない

(2013年5月下旬号より)

 さぞかしあの世でスタンリー・キューブリックは、めちゃくちゃ怒り、悔しがっているに違いない。何しろ「未熟な出来」と自ら封印した初の長編映画が、いつの間にか世間の目に晒されるようになってしまったのだから。きっと、墓を掘り返された気分であろう。

 が! それはともかく、というかそんなコトはおかまいなく、日本初公開となる、当時25歳のキューブリックが発表した「恐怖と欲望」(53)を観てみた。感想は……もし「キューブリックの伝説の作品」と宣伝されていなければ、(今の目線で言うなら)わりとよくできている自主映画−−−−で終わっていたかも。

 いや、やっぱり53年の映画と考えると、相当先走っているか。架空の戦場を舞台にした4人の兵士の物語。忘れがたいショットやシークエンスがいくつもある。

 たとえば、森の中、丸太小屋の中で食事をとっていた敵兵を、急襲、床に転がる目を開けたままの死骸の生々しさ! 川の近くで出会った若い娘(これがデビュー作、「赤い崖」(66)のヴァージニア・リース)を捕まえ、ベルトで木に縛りつけるシーンのエロティックさ! 4人のうち、ひとりの兵士(のちに映画監督になるポール・マザースキー)が姿を消し、再びここぞという場面で登場する構成の上手さ! 最たるは、敵の将軍と副官を襲撃し、仕留めたところ、その顔がそれぞれ、手を下した二人の顔と同じで……という描写のトリッキーさ! 指摘するまでもなく戦争の正体、「相手を殺しながら自分をも殺してしまう」真実の優れたアレゴリーである。

 こういった「ひとりの俳優が複数の役を演じる」手法は、以降のキューブリック映画にも再三出てくるわけで、原点の、初の長編から使われていた事実は興味深い––––と、まあ、かようにパズルのピースを埋めていく作業に興じるコトは、遺作の「アイズ ワイド シャット」(99)まで同時代を並走してきた者、はたまた分析的に映画を観る者たちの楽しみだ。

 いわば結果から逆算して理由となる兆候を探す。これはこれでありだろうが、せっかくならば「恐怖と欲望」はキューブリックを全く知らない世代こそが観るべきだと思う。そして、海のものとも山のものとも分からない新人監督のデビュー作として迎えるのだ。で、続けて、製作中に追いかけ観ていくのである。スクリーンでの出会いは難しいがソフトではそれが簡単にできてしまう。「現金に体を張れ」(56)「2001年宇宙の旅」(68)「時計じかけのオレンジ」(71)「フルメタル・ジャケット」(87)……と、キューブリックが映画史を塗り替えていく過程を限りなくゼロから体験していく旅。

 何なら「恐怖と欲望」以前、ミドル級ボクサーを撮ったドキュメンタリー「拳闘試合の日」(51)だって観ようと思えば観られるのだ。その作家の全キャリアをコンプリートできてしまう時代。音楽で言えばビートルズのアルバムを『プリーズ・プリーズ・ミー』ではなく、前身バンド〝クオリーメン〟から順番に聴いていく悦び、とでも譬えればいいか。新人監督キューブリックが21世紀に降臨。そうすれば彼も諦めて、もはや墓掘りとは言わないだろう。

[キネマ旬報掲載]
●監督:スタンリー・キューブリック●出演:ケネス・ハープ、フランク・シルヴェラ、ポール・マザースキー、ヴァージニア・リース、他●1953年●アメリカ●63分