読む映画リバイバル『主婦と性生活』

再検!日活ロマンポルノ

愛は金では買えません 金も愛では買えません

(1998年8月号より)

 セックスを金で売ったり買ったりすること。これは言うまでもなくセックスに、貨幣原理による“経済システム”が導入されるということだ。10万円で取引された セックスは、10万円で買える分だけの価値があり、わずか10円で取引されたセックスは、10円で買える分だけの価値しかない。

 つまり労働価値としては同じセックスが、ある時は海外旅行代、ある時は約2分間の電話代へと交換価値が変動してしまうというわけである。

 で、本題。

 この映画の新妻(泉じゅん)はつい浮気をしてしまう。夫(山路和弘)は、彼女の姉と婚約していたのだが不慮の死を遂げ、結果自分が“その代用品”として選ばれたような不安にさいなまれたからだ。

 さらに、夫の幼なじみ(水木薫)がやってきてはこれ見よがしに馴れ馴れしい態度をとる。そんな状況が重なって、彼女は浮気をした。

 だが……夫が愛しているのは本当に妻だけだった。彼女は悔恨する。ではどう始末をつけるのか。金を貰うのだ。

「いくらでもいいから払って!」

 ついつい一夜を過ごしてしまった男に嘆願して、金を払って貰うのである。

 そうすれば、それは「浮気」ではなく「売春」になる。要するに情を交わしたのではなく、一定の労働に対して報酬が支払われたという“雇用関係”になる。

 と、彼女は考えたわけだ。

 いや、脚本を担当した一色伸幸(!)と村上修、そして「第1回監督作品」とクレジットされた堀内靖博はそう考えたわけだ。じゃあ、相手と場合によっては交換価値が変動してしまうセックス関係を「売春」と呼び、それが不変的ならば「夫婦愛」とでも名づけるのか?

 たとえ夫婦間であっても、セックスは一種の“労働”である。言い換えるなら、情が交わされていようと、愛が満ちあふれていようと、何らかの交換価値がそこでも確実に働いている、という意味で間違いなく“労働”である。それはこのロマンポルノの4年後、脚本家としてブレイクした一色伸幸が『木村家の人々』 (88年)で再度、主題に掲げたものでもある。

 桃井かおりと鹿賀丈史が扮した夫婦の間に、貨幣原理による“経済システム”が導入される。つまりセックスする際に妻は、夫から金を貰うのである。正当報酬として。

 10万円セックス、10円セックスにはそれぞれの価値がある。では0円セックスの交換価値とは一体?

 0円=スマイル。マクドナルドはそうだった。いいんじゃないか、スマイル。交換しあえれば。但し、お愛想笑いの可能性は大であるが……。

[ビデオボーイ掲載]
●監督:堀内靖博●出演:泉じゅん、水木薫、山路和弘、他●1984年●日本