読む映画リバイバル『女校生偽日記』

再検!日活ロマンポルノ

「偽」日記にあのコとヤったと書いておこう

(1998年2月号より)

 先日、庵野秀明監督の『ラブ&ポップ』を観てきた。そう、村上龍原作の、あの『エヴァ〜』の庵野監督初の実写映画。

 一言で感想を述べるなら、ちょっとHな「中学生日記」ってカンジ、登場するのはもちろん女子高生なんだけど、NHKで長年やっている「中学生日記」の問題提起なしバージョン。

 ま、そんなカンジだった。

 さて、かれこれ16、7年も前のこと。やはりひとりの男が初めて映画を撮った。天才アラーキーの唯一の映画にして監督作『女高生偽日記』である(ちなみにビデオはタイトルが『女校生偽日記』に変えられている)。81年公開当時のポスターには、“荒木経惟映画監督童貞作 未修正淫写ポルノ”の文字が記されてあった。

 冒頭、全裸で股間の前にカメラを構えて、「カメラはカマラである」と自ら登場したアラーキーはヒロインと湯船につかりながら言う。

「今度にっかつでね、映画撮るの。『不思議な国のアリス』っていうんだよ。出ない。(キミに)ぴったりだよ」

 確かにそれを狙った作品ではあった。

 六本木をプラプラしていたヒロインは、81年の東京をさまようアリスだ。カメラマンの助手にモデルにならないかと声をかけられ、ラブホテルでビニ本の“大股開きモデル”になる。東京というSEXワンダーランドのアリスになるのだ。

 例えば『ラブ&ポップ』の女子高生は、渋谷の109のジュエリー・ショップで見た〈インペリアル・トパーズ〉を絶対に欲しいと思う。そして指輪をその日のうちに手に入れようと援助交際する。

 つまりそれは「やりたいことや欲しいものは、そう思ったその時に始めたり手に入れようと努力しないと必ずいつの間にか自分から消えてなくなる」からだ。

 そんなのっぴきならぬ“欲望”の消費ゲームが90年代的ならば、この『女高生偽日記』のヒロインは、いかにも横溢しているケバ立った“欲望”というものが感じられない。ただ漂っているだけ。アリスとなって性の迷宮をたゆたっているだけ。

 本作のラストは――。六本木のジャズ・バーで乱交状態の中、ヒロインはいつの間にやら縄で縛られカラダをまさぐられている。これは現実か夢なのか。

 と、ヒロインはひとりオナニーに耽っている。えっ! 淫夢なの? つまりは「偽」日記。偽物も本物も読まれる限り同質にリアルで、「いつの間にか自分から消えてなくなる」ことなどない不変な“欲望”のあり方。

 それが、来るべき『ラブ&ポップ』な時代に背中を向けた、アラーキーのやり方だ。

[ビデオボーイ掲載]
●監督:荒木経惟●出演:荒井理花、森村陽子、萩尾なおみ、ほか●1981年●日本