火事で失くしてしまった小料理店を再建するため、オーナー夫婦が金策手段に選んだのは結婚詐欺。独身女性から金を巻き上げる夫婦を描いた映画『夢売るふたり』のレビューです!
サスペンスフルな展開の映画です。レビューには結末が含まれていますので、ご注意ください!
“包丁の物語”の果てに……。
西川美和監督が『蛇イチゴ』(2003年)でデビューして10年。
そんな周期も関係するのか、この『夢売るふたり』はさながら“第2のデビュー作”のようである。
『蛇イチゴ』に出演した雨上がり決死隊・宮迫博之は、この映画で初主演、演技力を評価されました!
つまり、〈ドス黒さ〉という意味では『蛇イチゴ』の頃に回帰し、『ゆれる』(2006年)、『ディア・ドクター』(2009年)と積み重ねてきた手練手管はフル活用して、しかし、これまでに試していないことを「やって見せてやろう」との気概もヒシヒシと感じさせる。実に前のめり、なのだ。
『ゆれる』は知っているようで知らなかった、互いの内面を探り合う兄弟を描きます。国内の様々な映画賞を受賞しまくりました! 出演はオダギリジョー、香川照之。
『ディア・ドクター』は無医村に現れた医師に笑福亭鶴瓶が扮します。本物とは、医療とは何かを考えさせられる映画。こちらもさまざまな映画賞を獲りまくりでした!
彼女が物語の軸として用意したのは、かつては小料理屋を営み、今や結婚詐欺を共謀する市澤貫也(阿部サダヲ)と里子(松たか子)の夫婦。
出演は松たか子、阿部サダヲをはじめ、田中麗奈、他。『夢売るふたり』の評価も高く、トロント国際映画祭正式出品作品だったり!
端的にいえば、互いを傷つけあいながら二人が「それぞれの存在証明を探っていく映画」として見た。とても他人事ではない、もがき、のたうちまわる男と女のその可笑しみと哀しみ。
さらに、本作はそこから突き抜けていき、里子の“怪物性”が目覚めてゆく映画の貌も表すことになる。貫也に他の女性を口説かせ、内心は嫉妬し悶々としつつ眠りかけていた女の性(さが)に火がついて、あとにはやさぐれ感が強く残る。
これが結果、第2のデビュー作の「らしさ」を出している。この抜き差しならぬ迫力は、捨て身の賜物とも言える。
とまあ、ここまでの内容は公開前、西川監督にインタビューする機会を得たときに直接話したのだが、時間の都合上、言及できなかったことをこれから書き記してみようと思う。
それは本作が“包丁の物語”でもあるということだ。
開幕早々、店は火事になり、貫也は一度は外に逃げだすものの、刺身包丁を置いてきたことを思い出し、炎の中へと飛び込んでそれを取り戻す。そうしたのは、彼の存在証明だからだ。里子も信じている。貫也は有能な職人である、と。
だが、包丁は、二人をいっこうに救わない。むしろ貫也のプライドが邪魔をして、事がうまく進んでいかない。
やがて(夫の浮気が発覚し)、包丁は妻の主導のもと、結婚詐欺のための“武器”として使われるようになる。女たちを騙していくうちに貫也は疲弊し、子どもと祖父を抱えた未亡人(木村多江)の家へ入り浸り、意を決してソレを手にして妻の前を去る。
彼には料理をふるまう喜びが再び戻るだろう。里子は貫也の行き先を探し出し、まな板に無造作に置かれた包丁を見つけ、衝動的に掴む。で、階段を降りる途中、帰ってきた子どもと鉢合わせになり、我に返って足を滑らせ、ソレを落とす。
ここまでは巧い。憎たらしいほどに。ところが終盤、包丁はある人物の手に渡り、私立探偵(笑福亭鶴瓶)に突き刺さり、さらには貫也が(罪と共に)引き取ることで“物語”は終焉を迎える。
これには少々、鼻白んだ。
倫理的な面ではない。〈ドス黒さ〉は大いにけっこう。が、妻と夫の間の“包丁の物語”は? 肩透かし気味な決着で、しかも、主要人物が唐突に一堂に介してゆく光景には、苦し紛れな“一手”も感じた。
と、ところが!
「それは違うわ、その飛躍も含めてのコメディなんじゃないの?」と映画を観てきたばかりのカミさんが横から宣った。うむむ。いや、そこはやはり違うぞオイ!……これがキッカケで(心に包丁を隠し持った)夫婦喧嘩にまで拡大してしまったのでした。
キネマ旬報2012年10月下旬号掲載記事を改訂!