小林桂樹は1923年生まれ、2010年に亡くなりました。
例えば、芦屋雁之助版、塚地武雅版と映画やTVで『裸の放浪記』がドラマ化されてますが、最初の映画版で主人公山下清を演じたのは小林桂樹でした。
会社に右往左往させられるコミカルなサラリーマンも最高にハマる役者。一方で東条英機も違和感なく演じられる名優です。
ここではシリアスモード時に注目!俳優・小林桂樹を語ります。
EVERYMANでありEVERYONE!
あれは小学生の頃だった。ブラウン管の中で初めて見た小林桂樹はめちゃくちゃ怖かった。NHKドラマ『赤ひげ』(1972〜73年)での話。
役柄は小石川療養所の主任医師・新出去定である。この赤ひげ先生にびしびしと鍛えられるエリートの青二才、保本登役はあおい輝彦。
先に作られていた黒澤明監督の映画版とは後に出会うのだが、保本を厳しく叱咤し、時には温情で包み込んだ赤ひげ=小林桂樹は、幼いながら理想の師に思えた。
映画版黒澤明監督作『赤ひげ』(1965年)は、主演三船敏郎。若いエリート医師の目を通して、ベテラン町医者の仕事ぶりを描きます。
その作品歴を眺めれば、『社長』シリーズを筆頭とする東宝サラリーマン喜劇での“軽み”ばかりだけでなく、かようなシリアス&ハードな名演も小林桂樹は無数に残しているわけで。
『社長』シリーズでは、森繁久彌演じる社長に忠実なサラリーマン役。社長の浮気に翻弄させられる様など可笑しさがたっぷり詰まった役柄でした。
ちなみに森繁久彌については、こちらに関連記事があります。
ここでは、そっち側の代表作に触れてみたい。
まずはやはり映画では『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(1960年)だろう。
原作は松本清張。それまであまた出演して培ってきた会社モノでの好キャラクターを裏返し、あまりに人間臭い中年男像を造形してみせたのだ。
すなわち、会社の部下(原知佐子)との不倫を隠すため、ウソを積み重ね、ついには自滅してしまう役。
端的に言えばちっぽけな卑怯者なのだが、公開時の観客の衝撃たるや、想像に難くない。つまりは、温厚で実直なパブリックイメージが根こそぎ覆されてしまったのだから。
この『黒い画集 あるサラリーマンの証言』の監督堀川弘通と脚本の橋本忍のコンビは、オリジナルの推理映画『白と黒』(1963年)を発表。
小林桂樹は二転三転する事件に取り組む鬼検事役で目を引き、そして岡本喜八監督の『江分利満氏の優雅な生活』(1963年)では、原作者の山口瞳の分身、洋酒メーカー宣伝部に勤める36歳のEVERYMAN =普通の人になりきった。
本作は叙情詩的なボヤキ映画で、戦中派ならではの複雑な心情が(酒の力を借りて)、夜な夜な高度経済成長期の日本に吐露されていくというムービーエッセイだった。
なお後年、NHKのドラマ人間模様『血族』(1980年)では今度は山口瞳その人に憑依し、出生の秘密を皮切りに、山口家の歴史を辿り、母親への熱き想いへと至り、これまた素晴らしいパフォーマンスを披露して、絶賛された。
さて、清張ワールドとの相性良く、須川栄三監督の『けものみち』 (1965年)では悪徳刑事に挑戦。夫を殺し、政界の黒幕 (小沢栄太郎)の愛妾となったヒロイン(池内淳子)の背後を探り、いつしか目的は変わって肉体関係を迫り、しまいには政界・財界の闇を知りすぎて殺される役。
魅力的なファム・ファタールを体現した池内淳子、裏で糸を引いていた悪漢に扮した池部良……共に小林桂樹と同じ2010年、亡くなってしまった。
小林桂樹も含めて、なんと貴重な映画になってしまったことか。女にのめりこんで痛い目に遭うというキャラでは、成瀬巳喜男監督の心理ミステリ『女の中にいる他人』(1966年)も忘れ難い。
小林桂樹は実在の人物を演じることが多かったが、シリアス&ハードな演技の極め付けは、森谷司郎監督の『首』(1968年)だ。
原作者の正木ひろし弁護士の役なのだが、冒頭から鬼気迫る表情で観る者を圧倒する。昭和18年、戦時中、警察での坑夫の変死を調査、拷問死の線で洗い始め、遺体の腐敗が進むと鑑定できなくなるため、殴打による殺害の証拠を掴もうと、墓を掘り、首だけを切り離して法医学者のもとに持ち込む。
善悪を超えて、妄執に取り憑かれたかのようなエキセントリックな男の姿は、このあとの森谷司郎監督の『日本沈没』(1973年)で演じた狂信的な田所博士まで繋がっているだろう(ちなみに田所役は、1974〜75年に放映されたTVドラマ版でも引き受けた)。
戦争がバックボーンにあるドラマだと、いっそう小林桂樹のシリアス&ハードな演技は際立った。堀川弘通監督の『激動の昭和史 軍閥』(1970年)では髪の毛を丸刈りにして東條英機役に挑んだ。
清張原作のNHK 土曜ドラマ第1回『遠い接近』(1975年)では原爆で家族を失い、ひとり生き残った男が復讐の牙を研いだ。
渥美清と共演した土曜ワイド第1回作品『田舎刑事 時間よとまれ』(1977年)は『飢餓海峡』を彷彿とさせるドラマで……おっと、きりがない。
「飢餓海峡」は水上勉の小説。社長に成り上がった男が過去と対峙するドラマ。三國連太郎主演で映画化されたほか、数度にわたりドラマ化、舞台化されています。なお、小林桂樹は「飢餓海峡」には出演していません。
最後にこれだけは記しておこう。小林桂樹という俳優はEVERYMANであり、そしてEVERYONEでもあったと。(轟)
映画秘宝2010年12月号掲載記事を改訂!