読む映画リバイバル『世界にひとつのプレイブック』

轟夕起夫が感じた音楽のオリジナリティ

(2013年2月号より)

 誰にでも、聴いた途端にツラい想い出が蘇ってくる“トラウマ曲”ってやつが、あるのではなかろうか。ここに紹介する映画『世界にひとつのプレイブック』の主人公の場合、スティービー・ワンダーの名曲、「マイ・シェリー・アモール」がそれに当たる。

 彼の名はパット。高校の教師で、或る日校長とケンカした後、早めに帰宅してみると、結婚式を彩ったその麗しのナンバーが流れていた。目に飛び込んできたのは下着や服、ベルトのついた男物のズボン。風呂場の前にCDプレーヤーが置かれ、床には妻のパンティも。彼女はシャワーを浴びていた。背中が見えた。思いきってバスカーテンを開けた。オー・マイ・ガッ。な、なんと横には同僚の、歴史の教師が裸でいるではないか!

 パットは相手を即座にめった打ちにしてやった。が、心のバランスを崩して精神科の病院へ。8ヶ月経って退院した彼に待っていたのは、クビになった高校と、家を売って出ていった妻への接近禁止令、そして自分を引き取ってくれた老いた父母と、“トラウマ曲”となったソウル・クラシック。

 そうそう、筆者の“トラウマ曲”はですね……と、これって、観ると自分語りをしたくなる映画なのだが、ここではやめておこう。それよりもパットを好演した、『ハングオーバー!』シリーズで知られるブラッドリー・クーパーを称えるのが先だ。もちろん本作のヒロイン、ティファニーに扮したジェニファー・ローレンスのことも。

 二人はカタチこそ違えど最愛の人を失い、心に傷を負ってエキセントリックな言動を繰り返す役柄にしっかり“骨格”と“肉体”と“内面”を与えた。共にノミネートされている本年度のアカデミー賞の結果を楽しみにしたい(助演賞候補、アメフトのノミ屋稼業にうつつを抜かす、パットの父親役ロバート・デ・ニーロも!)。前作『ザ・ファイター』で復活を遂げたデヴィッド・O・ラッセル監督のトリッキーなラブストーリー。マシュー・クイックの原作があるが、既製の音楽の付け方ひとつとってもこれは“オリジナル”だ。

 たとえば、無理矢理パットをダンス大会に誘うティファニー。初めて二人が練習するシーンで、ディランの「北国の少女」が流れるのだが、ひとりで歌った『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』収録バージョンではなく、かのジョニー・キャッシュと吹き込み直したテイクが。つまり、二人で組むことの素晴らしさ! ここから映画のムードが変わっていく。

 さらにダンスの導入を担う曲は、スティービー・ワンダーの73年の名盤『インナーヴィジョンズ』に収録された「ドント・ユー・ウォーリー“アバウト・ア・シング”(邦題は「くよくよするな」)。スティービーで壊れた心はスティービーで治せ、と云わんばかりの選曲! 本作を観ながらふと思いだしたのは、ビリー・ワイルダー監督の傑作『お熱いのがお好き』(59年)の名台詞だ。「Nobody’s perfect」。すなわち「この世に完全、完璧な人なんていやしない」。だからこそ人間ってヤツは愛おしいのである。

[ケトル掲載]
●監督:デヴィッド・O・ラッセル●出演:ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ、他●2012年●アメリカ