読む映画リバイバル『チェイサー』

猟奇殺人犯vs元刑事。追う者と追われる者が織りなす一触即発の緊張感がたまらない!

(2009年10月6日号より)

 金槌とノミ。その男はこれを手にし、快楽を得る。どうするのか。女の手足を縛り、頭部にノミを当て、金槌を振り下ろし、思いっきり打ち込むのだ! まるで自らのペニスを突き立てるかのように。

 そんな強烈なシークエンスもある韓国映画『チェイサー』だが、観る前からビビって、“即スルー”してしまうのは実にもったいない。これはズーンと下っ腹に響く、なんともドラマ性の高い傑作なのだから。

 タイトルが指す「チェイサー=追跡者」とは元刑事でデリヘルを経営する中年男ジュンホのこと。相次いで姿を消した店の女たちの行方を探っていくうちに連続猟奇殺人鬼と遭遇……映画の前半で犯人が早々と警察送りになる展開がユニークだ。

 この殺人鬼を演じたのがハ・ジョンウ。「ディカプリオやマッド・デイモンを凌駕する可能性を持った俳優」と、マーティン・スコセッシ監督も注目する逸材である。ここでは時に薄笑いを浮かべ、しかし、表情の奥は決して読ませず、次に何をしでかすか分からない得体の知れなさを表出させ、一触即発の緊張感を常に、映画に導入してみせている。

 韓国のズサンな警察事情もあって、捕われても主導権を握り、「デリへル嬢がひとり、(殺しかけて)まだ生きている」と仄めかして、周囲を翻弄する犯人。対する主人公ジュンホは大層ろくでもない男だが、そこは腐っても元刑事。殺された女たちの無念を思い、義憤を募らせつつ、唯一の生存者を救いだそうとする。その心情の変化を名優キム・ユンソクが圧倒的な熱量で体現。すでにレオナルド・ディカプリオ&ワーナー・ブラザーズ製作によるハリウッド・リメイクが決定しているが、容赦のない描写が素晴らしい韓国オリジナルを凌駕するのは、おそらく無理だろう。

 監督はこれが長編デビュー作となる驚異の新人ナ・ホンジン。社会からあぶれた2人の男……それは追う者と追われる者に分かれてしまったが、実はどこか似た者同士の闘い。『チェイサー』は、さながら黒澤明の名作『野良犬』のハードコア版のような映画なのだ。

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韓国ではR指定にもかかわらず観客動員数500万人以上を記録、第45回韓国アカデミー賞(大鐘賞)にて作品、監督、主演男優賞など主要6部門に輝いたクライム・サスペンス。猟奇殺人鬼の実在モデルは’03〜’04年にかけて21人に手をかけたユ・ヨンチョル(後に31人殺したと供述)。動機は「クニャン(=何となく)」と答えた最悪のシリアルキラーだ。

[週刊SPA!掲載]
●監督:ナ・ホンジン●出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、他●2008年●韓国