『オデッセイ』の映画レビューをご紹介。
火星で一人だけ置き去りになってしまった宇宙飛行士の奮闘が描かれます。
主演はマット・デイモン。
天空で“スターマン”が待っている
第88回アカデミー賞で『オデッセイ』は7部門にノミネートされたものの受賞はならなかったが、ゴールデン・グローブ賞ではミュージカル・コメディ部門で作品賞と主演男優賞(マット・デイモン)に輝いた。
監督のリドリー・スコットは、その授賞式のスピーチで映画に携わった仲間たちに賛辞を述べたあと、最後に「弟のトニー・スコットがここにいてくれればと心から願います」と感動的に締め括った。
忘れもしない、2012年8月19日のこと。トニー・スコットは亡くなった。遺書を残し、ヴィンセント・トーマス橋から飛び降りて。
悲しみにくれた兄リドリーは、監督作『エクソダス:神と王』(2014年)のエンディングで献辞をしていたが、実は『オデッセイ』も彼に捧げていたのではないか、というのが“見立て”だ。
『エクソダス:神と王』はクリスチャン・ベールが主演、ヘブライ人を率いるモーゼに扮します。
火星にひとり取り残され、それでもサバイバルを試みる(マット・デイモン扮する)火星探査機乗組員のマーク・ワトニー。
原作であるアンディ・ウィアー著の「火星の人」でも、ルイス船長のデータファイルに入っていたのは趣味の“1970年代ディスコ音楽”だったが、映画は具体的にテルマ・ヒューストンやドナ・サマーのヒットナンバーを流し、各々の曲名と歌詞が主人公の心情と重なるようにした。
その船長の趣味は孤独なワトニーを慰撫しつつ、辟易もさせるのだが、いよいよNASAと彼がイチかバチかの手段に出るとき、劇中にはデヴィッド・ボウイの「スターマン」が(特別にフルサイズで)流される。
そう。言わずと知れた大名盤「ジギー・スターダスト」の中の、天空で待っている“スターマン”からのメッセージを伝えた一曲が!
ところで原作には、他のクルーの私物を漁り倒し、退屈しきったワトニーが1970年代オタクのルイス船長に倣って、70年代の音楽縛りで“自分のテーマソング”を決めようとするエピソードがある。
デヴィッド・ボウイの「ライフ・オン・マーズ?」やエルトン・ジョンの「ロケットマン」、はたまたギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」などを候補に挙げ、「こんな俺を助けてくれよ」と歌うビージーズの「ステイン・アライブ」を自嘲的に選ぶ。
デヴィッド・ボウイの「ライフ・オン・マーズ?」はアルバム「ハンキー・ドリー」に収録されてます。
エルトン・ジョンの「ロケットマン」は、アルバム「ホンキー・シャトー+1」に収録されています。
ビージーズの「ステイン・アライブ」は、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラからシングル発売したものでした。
かようなシニカルさとは真逆なコンセプトで、「スターマン」は本作に流されており、それは物語の展開を彩るだけでなく、兄リドリーから弟トニーへの気持ちも込められていると思うのだ。
二人にとって同じ英国出身のデヴィッド・ボウイは特別な存在で、トニーの長編デビュー作『ハンガー』(1983年)に主演し、その後、兄弟で製作総指揮を務め、第1話のみトニーが監督したTVドラマのオムニバス『ザ・ハンガー プレミアム』(1999年)では主演とストーリーテラーも務めてくれたのだから。
『ハンガー』は、カトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・ボウイ、スーザン・サランドン出演、吸血鬼のラブストーリーです。
リドリー・スコットは昨年の11月、米国で『オデッセイ』が公開された直後、“ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム”に選ばれ、2564番目の星型プレートを授与された際にこう言った。「彼はきっと(天上から)見ているでしょうから、一緒にこの星を分かち合いたい」と。
“スターマン”と言えばデヴィッド・ボウイのこと。だが、リドリーにとってはトニーもまたそうなのだ。
キネマ旬報2016年3月上旬号掲載記事を改訂!