読む映画リバイバル『シリアの花嫁』

結婚と越境を決めた花嫁の顛末——イスラエル人監督が自国を冷静に見つめた悲劇のドラマ

(2009年10月20日号より)

 世界には、さまざまな“境界線”が存在する。例えばこの映画、『シリアの花嫁』の舞台であるゴラン高原。イスラエルの占領下で、そこは軍事境界線によって分断されている。

 ここでちょいと歴史のおさらいをしておくと、ゴラン高原はもとはシリア領。だが’67年、第3次中東戦争でイスラエルが進攻して以来、不法占拠を続け、’81年には一方的に領有宣言も。しかし、だからといって、その地に住んでいた人々が「アラブ民族としてのアイデンティティ」を簡単に捨てるはずなどない。本作のヒロインもそんな、イスラエル内“シリア人”のひとりなのである。

 映画が描いていくのは越境と結婚を決意した彼女と、家族の、たった1日の物語。許婚はシリア側におり、境界を越えると自分の郷里への再入国は許可されない。つまり、家族のもとには(正規ルートでは)帰れないことを意味する。なぜならば両国間には国交関係がないからだ。

 クライマックスは、軍事境界線の検問所でのドラマ。パスポートに押された出国スタンプをめぐって、シリア側が異を唱え、イスラエル側も難癖をつける。何とか許可をもらおうと再三往復する国際赤十字のスタッフ。その結果に一喜一憂する家族。対岸で待つ花婿は、メガホンを握って彼女の名前を叫ぶ。そして、ただただ立ち尽くしかない花嫁……。

 あまりに悲劇的すぎて、喜劇的と言うべきか。監督のエラン・リクリスはイスラエル出身だが、自国に偏った描き方はしておらず、むしろ反体制の姿勢。かといって、自虐史観ではなく、リアルな“境界線のドラマ”を客観的に見つめている。

 近年、同じくイスラエル出身らしからぬ“俺節”を発揮した監督に、アカデミー外国語映画賞を『おくりびと』と競った『戦場でワルツを』のアリ・フォルマンがいる。’82年、レバノン侵攻に従軍した経験を内省したアニメだが、やはり「ガチで伝えたい」ことのある人の作品は力が違うのだ。『シリアの花嫁』もそう。純白の花嫁衣装に身を包んだヒロインがとったラストの行動……それは映画自体が力強く越境してゆく瞬間でもある。

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ゴラン高原のマジュダルシャムス村を舞台にした、ある家族の絆の物語。監督は、’82年開催のサッカーW杯を背景に、レバノン戦争を描いた『カップ・ファイナル』で知られるエラン・リクリス。本作はモントリオール世界映画祭ではグランプリ、観客賞、国際批評家連盟賞、エキュメニカル賞の4冠に輝き、そのほか多数の国際映画賞で絶賛された。

[週刊SPA!掲載]
●監督:ヒアム・アッバス●出演:マクラム・J・フーリ、他●2004年●イスラエル、フランス、ドイツ