『小さいおうち』は山田洋次監督作、出演は松たか子、黒木華、倍賞千恵子、片岡孝太郎、吉岡秀隆、妻夫木聡、木村佳乃ほか
レビューをどうぞ!
女中が行動者に姿を変えると、物語は大きく動きだす!
【概要】
『男はつらいよ』シリーズの山田洋次監督の第82作目となる作品。
中島京子の直木賞受賞作を映画化。
昭和と平成、ふたつの時代が交差しながら、やがてひとつにつながっていく様が、山田監督が実際に見てきた風景を織り交ぜながら、リアルかつ壮大に描かれる。
【レビュー】
2013年1月、山田洋次は監督 50周年記念作にあたる『東京家族』を発表した。それから1年の間に新作『小さいおうち』を撮影し、完成させ、こうして2年連続で正月映画をものしてしまったわけだ。何というハイペースだろう!
かつては盆暮れの風物詩、「寅さん」こと渥美清と共に毎年、あの『男はつらいよ』シリーズを送り出していた人なのだから、そんなに驚く必要もないのだが、しかし齢82(『小さいおうち』完成時)ということを考えるとやはり驚異的だ。
いや! 実は真に驚くべきは映画の中味であって、ここにはいまだ自己更新し続けている「監督山田洋次」が躍動しており、瞠目をさせられたのであった。
すなわちそれは、哀切にしてミステリアスな恋の物語ーー。舞台となるのは昭和初期の東京の郊外。吉岡秀隆が扮する板倉正次は、玩具会社のデザイン部の新入社員で、お正月に上司の平井一家のもとに、客人のひとりとして登場する。
そして平井夫人、松たか子演じる時子と出会い、二人は次第に「道ならぬ恋」へと傾斜してゆく。
原作は中島京子が直木賞を受賞したベストセラー小説であるが、山田監督、製作発表会見のときにこう語っていた。
「読み終えてすぐに中島さんに手紙を書いた。何ともいえない色気の向こうにドキドキする不安や罪が隠されている。こうしたタイプの作品は初めて」と。
まさしく初めてのチャレンジ。ぜひ予告編を観てもらいたい。物語の重要なカギを握るシーンの長回しが目に飛び込んでくる。赤い三角屋根の、小さいがモダンなおうち。平井家は中産階級で、そこに住み込みの女中として働いていたタキの回想で映画は進行する。つまり昭和と平成、2つの時代を通して板倉と時子の秘愛は綴られていくことになるのだ。
が、タキは単なる観察者ではなく、彼女が行動者に姿を変えると、物語は大きく動きだす。喩えて言うならば、イアン・マキューアンの小説「賄罪」を映画化した『つぐない』のような、深い余韻が胸に残ることだろう。
現在と地続きの、アクチュアリティに満ちた時の重さを感じさせながら。ちなみにタキ役はWキャストで、「昭和パート」が黒木華、「平成パート」は倍賞千恵子。どちらも素晴らしく、これはまた、山田洋次映画におけるヒロインの継承を意味する。
何しろ山田監督は黒木に、「君は(『男はつらいよ』シリーズの)さくら役ができそうだね」と語ったそうなのである。これはスゴい!
『小さいおうち』はどこか、宮崎駿の『風立ちぬ』のような無常観、もののあはれを感じさせる映画でもある。
そう、目の前に広がる日常の光景が一瞬にして消え、そして失ってしまったあとに我々はそのかけがえのなさを何度も教えられてきた。
本作はそんなふうに諸行無常の世を生きるしかない我らの鏡像……似姿を映したクロニクル(記録)なのであった。
(轟夕起夫)
ケトル2013年12月号掲載記事を改訂!