読む映画リバイバル『アメリカン・スナイパー』

イーストウッドとスローモーション

(2015年4月上旬号より)

「マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」

クリント・イーストウッドが監督した「アメリカン・スナイパー」は、観終わって寺山修司のかの有名な短歌を思い起こさせる。英雄と称えられた狙撃兵クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)の生涯を通して、国と個人と戦争の関係を改めて描いたイーストウッドの意図は明白だ。 “読む映画リバイバル『アメリカン・スナイパー』” の続きを読む

読む映画リバイバル/森繁久彌映画をふりかえる〜ギラつきのない、灰汁を抜いた芝居へ

(2010年1月号、森繁久彌特集より)

 東宝の“顔”であった森繁久彌が、「社長学ABC」「続 社長学ABC」で「社長」シリーズにピリオドを打ち、本格的に70年代に入ると、それまでとはまた少し趣の違う“森繁ワールド”が広がってくる。端的に言えば、「夫婦善哉」や「猫と庄造と二人のをんな」で体現したダメ男を、さらにダメにしたような初老の男、そういったキャラクターを好んで演じるようになるのだ。 “読む映画リバイバル/森繁久彌映画をふりかえる〜ギラつきのない、灰汁を抜いた芝居へ” の続きを読む

読む映画リバイバル〈増村保造の映画世界〜フェチ・キーワード辞典〉

(1995年4月上旬号より)

 増村保造の映画は、一見すると、精緻に組み立てられた「建築物」に似ている。

 構図の中心に登場人物の顔をおさめた安定したミディアム・ショット。マシンガントークの応酬を実況的に伝える的確なリバース・ショット。そして論理的な物語の展開に弾みをつけるスピーディーな編集。 “読む映画リバイバル〈増村保造の映画世界〜フェチ・キーワード辞典〉” の続きを読む

松田優作〜日本映画界を駆け抜けた異端児の遺した伝説

 「俺は24時間、映画のことを考えている」と叫び、常に最高を求めた不世出の俳優、松田優作。わずか16年の俳優人生を駆け抜けた彼が遺した作品は数々の伝説と共に輝きつづける。

(2009年11月号より)

アクション・スターの頂点に上り詰める

  生涯を通じて、希有な表現者でありつづけた男の肖像。松田優作の軌跡を、ここで振り返ってみる。

 1949年、山口県下関市生まれ。彼は非摘出子という境遇をバネに子供時代を過ごした。高校を中退して、アメリカに留学するも、1年足らずで帰国。この挫折の後、’72年、文学座の俳優養成所の一員となる。 “松田優作〜日本映画界を駆け抜けた異端児の遺した伝説” の続きを読む

読む映画リバイバル〈アレン、イーストウッド、ゴダール 俺たちの“自作自演”〉

(2015年4月上旬号より)

 ウディ・アレン。クリント・イーストウッド。ジャン=リュック・ゴダール。さて簡単なクイズを。この3人の共通点は一体何でしょう?

 答え。――自分で監督を務めた作品のなかで役を演じてみせる――つまり、“自作自演”の名手である。いや待て。名手ではあるが、ちとニュアンスが違うか。正確には熟練者、エキスパート、スペシャリスト……こっちのほうがより相応しいと思う。 “読む映画リバイバル〈アレン、イーストウッド、ゴダール 俺たちの“自作自演”〉” の続きを読む

読む映画リバイバル〈トム・クルーズ〉『アウトロー』

アメリカの良心の継承 グレゴリー・ペックからトム・クルーズへ

(2013年2月上旬号より)

 懐かしい“匂い”

 映画が始まった途端、ちょっとタイムスリップしてしまったのかと思った。『ダーティハリー』(71)のオープニングよろしく、白昼、何者かが屋上に立ち、市井の人々を狙撃して回るシーンが目に飛び込んできて、出だしからなんとも不穏でヤバい、洗練なんて言葉には背を向けたあの“70年代アクション映画”の匂いが鼻孔をくすぐったのだ。 “読む映画リバイバル〈トム・クルーズ〉『アウトロー』” の続きを読む

読む映画リバイバル〈ジャン=リュック・ゴダール〉

ゴダール映画の再上映や評価は延々に続きそうだ。でも、「正直いって、わかりにくい」&難しいことは語り尽くされている。ってなわけで不思議な“ゴダール”映画をより面白く観るために、身近に感じるために――

(1999年10月号より)

ゴダール・リフレクション。それは「イメージ」の乱反射!

「ゴダールが好き!」と言うことは簡単だが、どこがどう好き、と説明するのは、本当に難しい。別に、あの頭の禿げあがった風体のあがらない男そのものにメチャクチャ魅かれているわけではないはずだ。 “読む映画リバイバル〈ジャン=リュック・ゴダール〉” の続きを読む

読む映画リバイバル〈北野武映画/沈黙に、耳を傾けよ〉『アウトレイジ ビヨンド』

音がつぶかり高まっていく。その昂進の果てに訪れる「アウトレイジ ビヨンド」の“喧噪的沈黙”。北野武映画のディテールを振り返り、そこに静寂への意志を読み取る

(2012年10月下旬号より)

原形質の映画

 ちょっと特殊な体験をしたことがある。「あの夏、いちばん静かな海。」の公開前、北野武監督の取材用に試写が行われたのだが、映画自体はほぼ完成していたものの、そこで見せてもらえたバージョンには久石譲氏の音楽が入っていなかったのだ。 “読む映画リバイバル〈北野武映画/沈黙に、耳を傾けよ〉『アウトレイジ ビヨンド』” の続きを読む

読む映画リバイバル〈原田芳雄ヒストリー〉

原田芳雄ヒストリー

(2011年10月号、原田芳雄追悼特集「映画俳優・原田芳雄の軌跡」内記事より)

 初めてナマの原田芳雄を間近で見たのは、今はなき名画座、大井武蔵野館でのトークショーだった。あれは90年代の初頭か。閏年生まれのこの名優を祝う「誕生日特集」が開催されていたのだ。 “読む映画リバイバル〈原田芳雄ヒストリー〉” の続きを読む

読む映画リバイバル〈女優とヌードの誕生〉帰山教正の論考

女優とヌードの誕生

(2013年10月下旬号より)

 かつて、吾妻光(てる)という女優がいた。1898年生まれ、1980年に逝去。“吾妻光子”名義でも活動し、夫は作家の大佛次郎。彼女は1920年、映画「幻影の女」において、画家とつきあうも相手がプラトニック過ぎて別の男に靡(なび)く娘と、その捨てられた画家が孤島で幻視するヒロインの二役を演じた。大島ロケの海岸では「ほとんど全裸に近い姿態で登場」したことで知られ、日本初のヌードシーンを撮影した女優とも言われている。 “読む映画リバイバル〈女優とヌードの誕生〉帰山教正の論考” の続きを読む