読む映画リバイバル『マイ・バック・ページ』

轟夕起夫が号泣したそれぞれの『マイ・バック・ページ』

(2011年春号より)

 告白すれば、見た後にボロ泣き……しかも恥ずかしながら、作った人たちの目の前で!

 いきさつはこうだ。試写室を出ると、山下敦弘監督と脚本の向井康介の両氏が来ていた。一言挨拶し、感想を述べようと思った。そうしたらグググと込みあげてきて、止められず、もうダメだった。何とも締まりのない姿を見せちまったものだが仕方ない。それが筆者なりの、そのときの率直な“挨拶”であった。

 にしてもなぜ、あそこまで、感極まってしまったのだろうか。’88年に刊行された原作は古本屋で手に入れ、ずいぶん前に読んでいた。痛々しくも哀切な青春の追憶の記録『マイ・バック・ページ』。書いたのは川本三郎氏である。文芸・映画評論を中心に、翻訳、エッセイなど多岐にわたって健筆をふるわれ続けている大家。その川本氏の若き日の葛藤と挫折の物語——朝日新聞社に入社後、週刊誌編集記者だった’69’〜72年、自らの“ジャーナリスト時代”を振り返ったノンフィクションだ。

 映画では“沢田”という名前になったが、妻夫木聡がこれを演じている。全国の怒れる若者たちの学園闘争、反戦運動が最終局面を迎えようとしていた中、沢田は、取材を通じてひとりの熱き活動家と出会う。過激派らしきこの謎めいた若者に扮したのは松山ケンイチ。「日本映画を代表するアクター同士の競演!」なんて書くと“いかにも”な惹句になるが、本作に関しては衒いなくそう記せる。それくらい素晴らしいのである。

 年齢や立場は違っても、同時代の空気を吸い、ある種のシンパシーを抱くようになる沢田と活動家。だが、しかしやがて、両者のあいだを分かつ決定的な出来事が起こってしまう。埼玉県の朝霞駐屯地での自衛官殺害事件。活動家は首謀者であるらしい。沢田は“取材源秘匿”というジャーナリストの原則に直面する。

 原作には、この殺害事件の現場の詳細は書かれていない。当たり前だ。それは当事者にしか分からないことだからだ。ところがそこに、映画は踏み込んでゆく。’76年生まれの監督と77年生まれの脚本家は実証的かつ想像力を広げ、作品の肝となるシーンを描きあげた。単に「客観視できる立場」ゆえに、ではなく二人とも腹を括って挑んだからこそ成しえたのだと思う。そういう意志を感じさせるオリジナルな場面は他にも多々あり、とりわけ事件から8年後、沢田の姿を追った’79年のエピローグ部分には、ギュっと胸を衝かれた。何と表現したらよいだろうか。それまで仮死状態であった者が忘れていた呼吸の仕方を思いだし、一気に息を吸いこんで吐き出したかのような、そんな身体的な感覚を追体験させられた。

 だから筆者は泣いた。ほとんど接点のない、言ってしまえば“遠い話”なのに。観ながら、自らの悔恨の日々、マイ・バック・ページを振り返っていた。むろん「あのとき、本当はどうすべきだったのか」と考えてもどうなるわけではない。それは、ノスタルジーと紙一重だ。が、過去と対話し、何とか生き延びている者は何度でもそうやって“呼吸の仕方”を思いだすのである。

[ケトル掲載]
●監督:山下敦弘●出演:妻夫木聡、松山ケンイチ、忽那汐里、石橋杏奈、他●2011年●日本