読む映画リバイバル『空気人形』

“代用品”ではない人生を求めた人形に共感するか、はたまたペ・ドゥナの裸に興奮するか

(2010年3月30日号より)

 この映画ってある種、“踏み絵”みたいな使い方ができると思う。というのも、観終えてからの感想によって、その人の現在の「幸福度」がざっくり、測れてしまうのだ。

 さて、どんな物語か? 荒唐無稽なお話である。主人公はラブドール。安物の性欲処理人形が突如“心”を授かって、持ち主(板尾創路)に隠れて家を抜け出すという展開。そしてさまざまな人々に出会い、レンタルビデオ店で働く青年(ARATA)に空気人形は恋をしてしまう——。

 空気人形を演じるのは韓国の実力派女優、いや、今や世界が動向を注目しているペ・ドゥナ。映画出演は『グエムル/漢江の怪物』(’06年)以来。日本を代表する是枝裕和監督のオファーに応え、ヌードも辞さず、彼女が繊細で素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたから、この荒唐無稽な物語は成立したといっても過言ではない。

 例えば、窓の外の雨の滴に手をかざし、「キ・レ・イ」と呟き、初めて空気人形が動きだす場面。まるでモーフィングのように自ら変化していき、とても艶めかしく、ドキっとさせられる。はたまた、ビデオ店でビニール製の体に穴が開いてしまい、プシュ〜としぼんでしまった後、青年の息=空気で満たされていくシーン。精気が甦っていく姿は、エロティックにして崇高だ。

 ビデオ店にシネポエムの傑作『赤い風船』(’56年)のポスターが貼ってあったが、空気人形=ペ・ドゥナも風船のように街を自由に漂う。年を経て、何事にも“初めて”の感動がなくなり、すっかり擦れっからしになってしまった我々は、彼女を通じてもう一度、世界のなかにちりばめられた「キレイ」を体験していくわけである。

 そんなふうに、人形と人間、空気と空虚をめぐる考察も本作には込められているのだが、観た後で、“誰かの代用品”ではない人生を求めた空気人形にシンパシーを感じてしまったら、あなたは今、「相当お疲れ」で「不幸」と言えよう。「ペ・ドゥナの裸、良かったなあ」と無邪気に喜んで終われる人はノーテンキだが、実は幸せだ。ぜひ各自、試してみてほしい。

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原作は業田良家の短編漫画集『ゴーダ哲学堂 空気人形』。“心”を持ってしまった空気人形の、生きることの喜びと悲しみを描きあげたファンタジー。ペ・ドゥナが日本映画に出演したのは、山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』(’05年)に続いて2度目。オリジナルストーリーにこだわってきた是枝裕和監督が、原作モノを選んだことでも話題になった。

[週刊SPA!掲載]
●監督:是枝裕和●出演:ペ・ドゥナ、ARATA、他●2009年●日本