読む映画リバイバル『チェンジリング』

衰え知らず、イーストウッドの監督手腕。息子に“取り憑かれた”母が辿った悲劇の実話

(2009年7月21日号より)

 “生きる伝説”クリント・イーストウッド。嬉しいことに俳優としても監督としても、いまだ我々を驚愕させ続けているわけだが、アンジェリーナ・ジョリーを主演に迎えた監督作『チェンジリング』も素晴らしかった。またもやイーストウッドの至芸に感服である。

 おっと、ごくごく当たり前のことを書いてしまった。が、ひょっとしたらまだイーストウッドの監督作を1本も観たことのない人もいるだろう。何が一体そんなにイイのか。挙げていくとキリがないので、『チェンジリング』の中から忘れられぬシーンを、ひとつだけ挙げてみよう。

 本作は9歳の少年の失踪劇で幕を開ける。休日にもかかわらず不意の出勤を同僚から頼まれたため、ヒロインは息子をひとり、家に置いていく。彼女はシングルマザー。夜、帰ってきたときにはその姿はいずこへと消えてしまっていた。忘れられないのは少年の“最後の映像”だ。それは朝、出かけようとする母親を見送った姿。家の窓辺に佇んでいたのだが、遠くから振り返った母親の視線のもと、窓越しに少年はうっすらと幽霊のように映る。監督イーストウッドが意図的にそう描いているのだ。

 以後、ヒロインの身辺は、まるでその“幽霊”に取り憑かれたかのごとく、奇怪な出来事ばかりが起こっていく。少年は失踪してから5ヶ月後、警察に見つけられるが、実体は全くの別人であり、当然母親は「息子ではない」と激しく主張するも、事態はいっそう悪化の一途を辿る。イーストウッドはそこから「取り換えっ子」「ロス市警の腐敗」「連続猟奇殺人事件」といった大ネタをさらに巧みに配置してゆくのだが、どれもがトゥルー・ストーリーで、ほとんどの人物が実名で登場しているのであった。

 もちろん脚色も施されており、少年が幽霊のように見える瞬間などはまさしくそうだろう。が、イーストウッド監督ならではの、そのディテールの膨らませ方が作品にコクを与えているのだ。結果、本作は単なる実話の映画化ではなく「息子に取り憑かれた母の物語」としても、胸に残るに違いない。

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タイトルは「取り換えられた子供」の意。そして映画には、この言葉の背景にある「さらった子の代わりに妖精が置いていく醜い子供」という欧州の民間伝承も影を落とす。脚本を手がけたJ・マイケル・ストラジンスキーが、市役所の地下から掘り起こした資料——1928年にLAでクリスティン・コリンズが被った事件を、監督イーストウッドが映画化。

[週刊SPA!掲載]
●監督:クリント・イーストウッド●出演:アンジェリーナ・ジョリー、他●2008年●アメリカ