読む映画リバイバル『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』

黒い血を、止血する男

(2015年11月上旬号より)

早朝、上下スウェット姿の男がニット帽をかぶり、ランニングをしている。まるで『ロッキー』(76)の有名な一場面のように。だが、バックに流れているのは当然ながら、ビル・コンティのあの威勢のいいテーマ曲ではない。マーヴィン・ゲイが71年に発表した貧しき者たちの心の叫び――『インナーシティ・ブルース』の哀切な歌詞とメロディだ。

こうして始まる『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』は、「あれれ、時代設定はいつ?」という疑問を観る者にたちどころに喚起させる。監督のJ・C・チャンダーがオリジナル脚本も手掛けた本作は、原題(A MOST VIOLENT YEAR)に示されているとおり、“最も物騒だった1981年”のニューヨークが舞台。その5年前、“建国200年イヤー”に公開された「ロッキー」は、負け犬同然だったイタリア系移民のボクサーが無謀にもチャンピオンに挑み、試合には負けるが自分に勝ち、一矢報いる物語として広く記憶されている。もっと言えばそれは、「アメリカン・ドリームの再生」を意味していた。

対して、この映画の主人公、オスカー・アイザック扮するヒスパニック系移民のアベルはチャレンジの末、アメリカン・ドリームに近づくものの己の信念は曲げざるを得ず、苦い勝利を味わうことになる。

「ロッキー」という作品は、いわゆるアメリカン・ニューシネマのリアリスティックなスタイルを継承しつつ、ベクトル的にはそこから大きく脱却し、期せずしてムーブメントの末尾を飾った。つまり、来るべき80年代のマッチョな(肉体派)ヒーローの時代を用意する発射台となったのだ。

そんな時代の端緒を走ってみせる若き実業家のアベルは、マッチョではないがタフで、高潔な男だ。ドゥ・ザ・ライト・シング。行動原理はこれである。しかし、そもそもが構造的にアメリカン・ドリームとは、“キレイな手”のまま摑めるものではなかった。実際のところ、共同事業者である妻(ジェシカ・チャステイン、好演!)の裏仕事に支えられている。彼女はギャングの家系なのだが、「ゴッドファーザー」(72)でマフィアの地盤の後継を余儀なくされる三男坊マイケルの修羅の道が、アベルにも待っていることは想像に難くない(マイケル役のアル・パチーノに、オスカー・アイザックのルックスが似ているのは偶然か?)。

また、「1981年」とは、ロナルド・レーガンが大統領に就任した年でもある。アベルが決定的判断を下すとき、ラジオのニュースでレーガンの経済政策、“レーガノミクス”の発表を耳にする。その行き着く先を、われわれは知っている。同じく修羅の道へ。J・C・チャンダー監督は、(さながらシドニー・ルメットばりの)冷徹な目で、ひとりのアメリカン・ヒーローの実像を描きだしていく。

とりわけ印象的なシーンが終盤にある。主人公の成功の裏で、自害してしまう男。彼の分身ともいえる従業員だ。頭を貫通した弾が巨大オイルタンクに当たり、“黒い血”が流れだす。アべルは傷口にハンカチをつっこみ、“止血”する。とりあえずの応急処置。残るはビターな後味。精神風土は当時も今も「71年」のまま。本作は、インナーシティで生きる人々のブルーズなのであった。

[キネマ旬報掲載]
●監督:J・C・チャンダー●出演:オスカー・アイザック、ジェシカ・チャステイン、他●2014年●アメリカ