読む映画リバイバル『タカダワタル的』

(2004年6月下旬号より)

 今から10年ほど前のこと。「PNDC/エル・パトレイロ」を携え来日した監督アレックス・コックスを迎え、青山墓地にて花見が開かれた。宴もたけなわの頃、ひとりの酔人が倒れるように路上で寝ているのを見た。高田渡だった――。

 このフォーク(&ブルース)の巨人を知る者なら誰もがこういった“型破りで伝説的”なエピソードを2つ3つは持っているはずだ。

 だが、音楽ドキュメンタリー映画「タカダワタル的」は(きっと数多くあったであろう)ハプニング的な場面は捨象し、演奏シーンを中心に編まれている。

 五代目古今亭志ん生を彷彿とさせる絶妙な語り口と味わい。佐久間順平、中川イサトら気のおけない仲間たちと、息子の高田漣(ペダルスチール奏者)との息の合った競演。《生活の柄》《鎮痛剤》《ブラザー軒》などなど、名曲が次々と。

 PFFグランプリ作「モル」(01)のパンキーな作劇から一転、監督のタナダユキは150日間密着し、高田のホームタウン・吉祥寺を共に歩き、自宅まで押しかけ、しかしライブを中心としたスタイルを選択した。生半可に分かった気にさせる“型破りで伝説的な”エピソードに逃げず、ひとつひとつの曲をしっかり聴かせようという意志。そこにあるのは山之口貘、菅原克己といった詩人たちのフレーズに曲をつけたミュージシャンへのリスペクトだ。

 これが単なるライブ映画ではなく1本のドキュメンタリーとして成立しているのは、やはり高田渡というカメラに動じぬ存在の強さがあったからだろう。演歌師・添田唖蝉坊の系譜上に立つ“しなやかな反骨”とでも名付けてみたい強さ!

 では制作者側は彼のプロモを作ったのか? 違う。冒頭を1970年“中津川フォーク・ジャンボリー”、ラストを“春一番2003”、その両ライブで唄われた「ごあいさつ」(作詞・谷川俊太郎)で作品全体を包んだ。変わらぬもの、そして変わってしまった何かを観客各々に反芻させる趣向なのだ。

 上映時間は65分。もっと観たい! と思うのはアンコールを望む観客の常だが、もう少し長尺でもよかった。

[キネマ旬報掲載]
●監督:タナダユキ●出演:高田渡、柄本明、他●2004年●日本