読む映画リバイバル『レスラー』

ミッキー・ローク扮するプロレスラーしかり、ストリッパーら、カラダを張る者たちに涙する

(2010年1月19日号より)

  ラストシーンの余韻の深さ、というのは、素晴らしい映画の条件のひとつに誰もが挙げるものだろう。順を追って積み上げられてきた数々のエピソードが、複雑な感情のうねりと共にエンディングへと昇華されていくあの感じ。それは傑作の必須ポイント、と言い換えてもよいのだが、昨年日本公開された映画のなかでは、ミッキー・ローク主演の『レスラー』のラストがとりわけ忘れがたく、胸の奥まで響いた。

 その最大の理由は、すでに様々な場で紹介されてきたように、本作が「転落俳優ミッキー・ロークのドキュメント」にも見えるからだ。彼が演じているのは、自らと同じく’80年代に全盛を極めた、かつての栄光のスター。今やトレーラーハウス暮らし、しがない巡業中にステロイド剤漬けのカラダは悲鳴をあげ、ついに心臓発作で倒れる。一度は引退を表明するも、再び立ち上がろうとする老レスラーの姿は、たしかにこの映画で見事復活を遂げたミッキー・ロークの人生と重なって感動的ではある。

 が、ラストシーンの深みは、それだけで生成されているわけではない。もうひとりの主要人物、やはり年齢的な限界と闘いながらカラダひとつで生きている、場末のストリッパーの存在も大きい。老レスラーの心のよりどころにして、男と女の生き方の差をくっきりと示すキャラクター。名女優マリサ・トメイが40代中盤のオンナの心理を際立たせ、ラストに選び取る行動はこの映画の白眉と述べてもいい。

 監督はダーレン・アロノフスキー。『π/パイ』『レクイエム・フォー・ドリーム』の成功から一転、トンデモSF『ファウンテン 永遠につづく愛』で大失敗。そんな奇才にとっても起死回生、ここでは技巧派が正攻法の演出で勝負して、一生に1度しか撮れない映画になった。

 主人公は単なるレスラーではない。プロレスラーなのだ。ミッキー・ロークが俳優として自分の人生まるごと映画に提供したように、ラスト、老レスラーはリングに全てを賭ける。その業の深さに“プロ”を知る者は涙する。完全燃焼というロマンに憧れながら。

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2008年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞、ゴールデングローブ賞では主演男優賞(ドラマ部門)と主題歌賞受賞。この曲はミッキー・ロークの呼びかけに、ノーギャラで歌を作ったブルース・スプリングスティーンとの友情の賜物。また、アロノフスキー監督は当初、ニコラス・ケイジが主役に推薦されるもミッキー・ロークにこだわり、予算を削られても最後までスタジオと闘った。

[週刊SPA!掲載]
●監督:ダーレン・アロノフスキー●出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、他●2008年●アメリカ、フランス