読む映画館リバイバル〈「映画批評」との出合い〉

かくも映画と世界とは、多用に、結びついているのか!

(2009年12月下旬号より)

  思いおこすと少し、甘酸っぱい気分になる。物心ついて、最初に手にした映画雑誌は『スクリーン』。ラジオは、淀川長治センセイの名調子が毎週聴けた『私の映画の部屋』(書籍化もされた!)と、映画音楽ファンなら誰もがその名を知る、関光夫さんがパーソリティの『ポピュラーアラカルト』が好きだった。自らの原点を探ると70年代の記憶と共に、そういった愛おしい固有名詞の数々が頭に浮かんでくる。

 そうそう、河出書房新社から刊行された『人生読本 映画』というムックの影響も多大であった。初版は「昭和五十四年七月二十日」ということだから、一九七九年。十六歳のときである。一言でいえば、著名な作家や映画評論家の方々が発表した論考、エッセイのたぐいを集めたもので、どれも刺激的だったのだが、特に感化されたのが作家・中上健次氏の「続・激突!/カージャック」論(『鳥のように獣のように』所収)。自分がテレビ放映で観て、単に「面白かった」で済ませていた映画について、みずみずしい言葉が与えられていた。

 書き出しはこうだ。「一人の若い女がまず出てくる。バスを降りる。犯罪者の更生所に行く。そこで、あと四ヶ月もすれば、晴れて自由の身になる夫に面会する」。

 いい。いま読んでも文体がいい。簡潔かつ的確に作品のリズムを掴んでいる。そして、物語に寄り添いながら、懐に踏み込んでいく“手つき”にもシビれた。すなわち、未熟な若夫婦がカージャックしたパトカー、この一台の車自体を「家、あるいは家庭」と見立て、「これは若い夫が、関係の中で〈父〉になる映画だとぼくはみた。〈父〉になろうとするのではなく、いやおうなしに〈父〉にむかって決意していかざるをえない破目になる。男とはなんとさみしいのだろう。なんと心もとないのだろう」と詠嘆しつつ、論考を進めていくのである。

 とても合点がいった。まだ“批評”という言葉は意識していなかったが、目の前の薄靄が晴れていく感覚を味わった。「父と子」をめぐる主題は、今日ではスティーブン・スピルバーグ監督の映画を語る際には外せないものになっているわけだが、当論考は早くに核心を突いており、また、作家自身による先んじた「中上健次論」にも読める。

 ちなみにこのムックには(以下、敬称略)、吉行淳之介、和田誠らを前に、「太陽がいっぱい」をホモセクシャル映画として淀川長治が解読する有名な座談『こわいでしたねサヨナラ篇』(『恐怖対談』所収)も載っており、他にも、植草甚一『キャロル・リードの「第三の男」』、沢木耕太郎「望郷 純情 奮闘 山田洋次」、竹中労「嵐寛寿郎の他に神はなかった」、斉藤龍鳳「遊び人になるための映画のすすめ」、佐藤重臣「一条さゆり——濡れた欲情」、山田宏一「〈深い、深い、深い〉悲しみ/勝手にしやがれ」……などなど、いくつもの名文が抄録されてあった。当時、十六歳のガキは精いっぱい背伸びをして活字を目で追い、こう思ったのだった。「かくも映画と世界とは、多様に、結びついているのか!」と。

 そうした驚き、原体験がいま、自分の中でどう育ち、発酵されてきたかを改めて考えると、もう一度あの頃の無垢さに戻りたい気持ちになった。

[キネマ旬報掲載]