読む映画リバイバル〈日活映画を彩ってきた女優=ヒロインたち〉

(2012年10月上旬号より)

 50年代後半、石原裕次郎、小林旭らの活躍を契機に、日活は「男のアクション」の王国と化したが、では一方で、女優陣は単に、男たちの“彩り”に過ぎなかったのだろうか。

 否。決してそうではなかったことは、歴史が証明している。

 まず裕次郎、旭のブレイク前、54年に製作を再開したばかりの日活を支えていた主な女優といえば、月丘夢路、新珠三千代、南田洋子、左幸子、渡辺美佐子である。たとえば(女性を撮ることに秀でた)川島雄三監督とタッグを組み、月丘は「銀座二十四帖」(55)、新珠は「洲崎パラダイス 赤信号」(56)、南田と左は「幕末太陽傳」(57)といった「女優の魅力が粒立った」傑作を残した。

 さらに川島の弟子・今村昌平は、「盗まれた欲情」(58)の南田、「果しなき欲望」(58)の渡辺を蠱惑的な妖女役に染めあげ、寒村に生まれた女性の一代記「にっぽん昆虫記」(63)では、戦前戦後の日本人のメンタリティを、左幸子(と娘役の吉村実子)の肉体を通してトレースしてみせた。

 そして松竹から移籍後、春原政久監督の「女人の館」(54)でいきなり主演に抜擢された北原三枝(現・石原まき子)は、それまでと打って変わって重用され、多彩な女性像を担っていく。

 特筆すべきは市川崑監督の「青春怪談」(55)でのバレリーナ役。とにかくボーイッシュでジェンダーレスなそのキャラクターは時代を先んじていた。彼女のことを劇中、「お姉さま」とエキセントリックに慕う芦川いづみもそうだが、このあと無数の“日活アクション”に華を添えつつ、二人は主演、助演にかかわりなく現代的な女性キャラの最新サンプルとなっていった。

 バイプレーヤー的な色合いの強かった中原早苗もそんなひとりだが、「学生野郎と娘たち」(60)の闘う女子学生役は出色だった(爆音響かせながら上空を飛ぶジェット機に「うるせえぞ、ロッキード」と叫ぶ苦いラストシーン!)。

 監督の中平康は、女性映画の才人でもあり、松竹から招いた「月曜日のユカ」(64)の加賀まりこ、「砂の上の植物群」「おんなの渦と淵と流れ」(共に64)の稲野和子にまとわせたエロ可愛い魔性キャラは(個人的には)未来永劫語り継いでゆくべき“遺産”だと考えている。

 日活生粋の女優では、浅丘ルリ子と蔵原惟繕監督との冒険的な連作が重要。裕次郎との「憎いあンちくしょう」(62)、「何か面白いことないか」(63)を挟み、単独主演で自立する女優役に挑んだ「夜明けのうた」(65)——ヒロインの名を取って“典子三部作”と呼ばれる——に加え、出演100本記念の「執炎」(64)、「愛の渇き」(67)と続いた軌跡は女性映画のひとつの達成点である。

 蔵原監督といえば、芦川いづみを聖女役で思いっきりドロップアウトさせた「硝子のジョニー  野獣のように見えて」(62)も忘れ難い。(浜田光夫と共に)青春純愛路線を模索していた吉永小百合が、今村門下生・浦山桐郎監督の「キューポラのある街」(62)で開眼したごとく、浦山のもと、和泉雅子が「非行少女」(63)で新境地を開いたこともトピックだし、鈴木清順監督の3大女性映画「肉体の門」(64)、「春婦伝」(65)、「河内カルメン」(66)のミューズ、野川由美子(と松尾嘉代)の素晴らしさも記しておこう。

 おっと、松原智恵子のことを書くスペースがなくなった(後日、当欄にてインタビュー記事が載ります!)。

 ほかにも「花を喰う蟲」(67)の大地喜和子、「残酷おんな情死」(70)の真里アンヌ、「野良猫ロック」シリーズ(70〜71)の梶芽衣子、「女子学園」シリーズ(70〜71)の夏純子……日活映画を彩ってきたヒロインはまだまだいる。各社、甲乙つけがたいが、なかでも日活は(ロマンポルノも作っただけあり)女性の描き方がビビッドでユニークなのだ。その変遷は、じっくり綿密に研究すべき題材だと思う。

[キネマ旬報掲載]