読む映画リバイバル『ノーカントリー』

アカデミー4冠のコーエン作品。印象に残るのはやはり、あの“迫力ある顔”

(2008年8月5日号より)

 迫力のある顔、という言い方がある。「それってどんな顔?」と訊かれたら、この映画を観せるのが手っ取り早い。そこには、最凶の“殺し屋シガー”がいる。すなわち、名優ハビエル・バルデムが、バナナマン・日村勇紀のごとき面妖な髪形、容貌になって登場するのである。

 しかもコイツは、高圧ボンベ付きの家畜用スタンガンを持ち歩き、人の額をプシューと撃ち抜くのが日課。“日村勇紀”がそんなことをして回るのだ。想像するだに怖いだろう。

 その日村、いや、シガーは、麻薬取引絡みの大金を奪って逃げた男を追っている。さらに2人を追う老保安官。扮するトミー・リー・ジョーンズは、缶コーヒーBOSSのCMみたいにブツブツと呟いてばかりだ。つまり「昔は良かった」的爺キャラなのだが、映画の舞台が“80年代”であることに注意したい。彼らは70年代、アメリカの挫折=ベトナム戦争をそれぞれの境遇で体験しており、シガーを「迫力のある顔」にした歴史を、監督&脚本のコーエン兄弟は声高にではなく、やんわりと観る者に悟らせるのだ。無論、イラク戦争以降のアメリカの“顔”と二重写しにしながら。

 21世紀に入ってスランプ気味だったコーエン兄弟だが、本作で復調を果たした。そういえば殺し屋シガーの潜むモーテルに銃弾が撃ち込まれ、壁やドアに穴が開き、暗闇にスッと光が差しこむ場面、彼らのデビュー作『ブラッド・シンプル』(’84年)の終盤の、名高いシークエンスを思い出した(舞台も同じテキサスだ)。原点回帰しつつも前進した、実に喜ばしき例ではないか。

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荒野で、死体の山と大量のヘロイン、現金200万ドルを発見したベトナム帰還兵のモス。彼がその金を手にすると、以後、予想のつかぬ展開の連続に。米文学界の異端児コーマック・マッカーシーの小説(邦題『血と暴力の国』)を映画化した、まさしく血と暴力に満ちた本作。第80回アカデミー賞で作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の4冠に輝いた。

[週刊SPA! 掲載]
●監督:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン●出演:ハビエル・バルデム、他●2007年●アメリカ