読む映画リバイバル〈日活ロマンポルノ論〉人生の愉しみは日活ロマンポルノ『白い指の戯れ』にあり

人生の愉しみは日活ロマンポルノ『白い指の戯れ』にあり

(2012年4月号より)

 この世には2種類の人間がいる。すなわち日活ロマンポルノを観たことがある者と、そうでない者と。どちらが“人生の愉しみ”を知っているのかといえば、「そりゃあ述べるまでもないでショ!」と、ここは大いにアジっておこう。

 にしてもなぜ今、また、日活ロマンポルノなのか。

 とりあえずはこういうことだ。既報の通り、「日活創立100周年記念特別企画」で映画評論界の三賢人――蓮實重彦、山田宏一、山根貞男の選んだロマンポルノ32作品がリバイバルされる運びに。これを機に(何度目かの)再評価の気運が高まっているのだ。

 あえて、ロマンポルノとは何ぞやとの説明は省いてきたが、要は1971〜1988年の間に日活で製作・公開された成人映画である。その数は約700本。外部買い取り作品も入れると1100本を超す。量産体制の中から生まれた「玉石混淆のプログラムピクチャー」だが、作家性に富む、はたまた職人気質の名監督たちが腕をふるってきた。

 たとえば西村昭五郎、加藤彰、林功、近藤幸彦。それから曾根中生、小沼勝、田中登、神代辰巳、藤井克彦、村川透に藤田敏八、澤田幸弘、武田一成、長谷部安春。さらには森田芳光、池田敏春、金子修介、中原俊、相米慎二、根岸吉太郎、石井隆などなど挙げていったらキリがない。

 試しに、先の三賢人全員が今回推したという村川透監督のデビュー作『白い指の戯れ』を観てほしい。子猫のようなヒロイン、伊佐山ひろ子嬢の映画デビュー作でもあるのだが、スリ集団と出会った彼女の無軌道な、しかし生/性の充足を求めての彷徨が描かれてゆく。ひろ子嬢の気だるい佇まいもグっとくるが、終始レイバンのサングラスをかけている“オンナ殺し”キャラ、荒木一郎のクールなセクシーさも眩暈もの! 脚本は神代辰巳と村川透。ロマンポルノとは煎じ詰めれば、セックスシーンも含めてあらゆる意味での“肉体のアクション”が横溢するジャンルだった。後にそれを、神代は萩原健一と、村川は松田優作と、全面展開させた事実は云うまでもない。

 日活ロマンポルノの主役である女優たちの多くは、さながらショーケンや優作のごとき存在感を示している。だからなのか、基本(製作者たる)男の性的欲望を具現化しつつも、意外にも女性のファンも多い。昨年公開された園子温流のロマンポルノ(と捉えるべき)『恋の罪』が、男より女性の支持者が多かったのも何だか頷ける。その屹立するヒロイン像とファンタジー性をきっと、享受したのである。

 日活ロマンポルノの勃興と同時期に音楽界では「プログレッシヴ・ロック」が世界中を席捲したが、クラシックやジャズ、現代音楽など他ジャンルを独自に取り込んでゆく先進性が“肝”だった。それを模せば日活ロマンポルノは「プログレッシヴ・ムービー」と呼べるかも。大胆なことを云ってしまえば、ピンク・フロイドや キング・クリムゾン、イエスみたいな“先進的”な映画群なのだ。今となっては「ロマン」と「ポルノ」を強引に合わせた造語からして、ひどくプログレッシヴではないか。

[ケトル掲載]